高嶺のガワオタ(31)

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ライト文芸

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30話

「本当にすまなかった」

 次郎の噂話は、半分が本当で半分が間違いだった。太陽自身は盗撮騒ぎに一切関与しておらず、中心となっていたのは記録係の男だった。

 この数日、太陽は部員全員の事情聴取を行い、映画撮影は中断された。

 その結果、助監督の男の他に、守護者役の男と、小道具係の男が共犯だったことが判明した。

 記録係は撮影の様子をすべてビデオカメラに収める。監督や撮影班以外に、カメラを持っていても不自然ではない唯一の存在だった。

 小道具係は衣装を破れやすくするような小細工を行っていた。

 特に悪質なのは、役者だった。男はただのブラインド役ではない。ひどいときには、自分の顔や身体をアピールして、女優と肉体関係を持つことに成功した。しかもそのシーンを撮影して、ポルノサイトで稼いでいた。そこにあとの二人も乗っかったのだ。

 さすがに悪質すぎて看過できず、太陽は大学側に報告した。男たちはサークルをクビになるばかりではなく、大学も強制退学させられたのである。

 そして太陽は、飛天に事の次第を報告し、謝罪したのだった。無論、その場に映理はいない。彼女に真実を知らせることを、二人ともよしとしなかった。

「あんたが悪いんじゃないから……」

 長いこと頭を下げっぱなしの太陽に慌て、飛天は顔を上げるように言った。だが、太陽は「責任の一端は自分にある」と頑固である。

「……僕は、とある監督に憧れていてね」

 その監督の名前は、次郎が教えてくれたのと同じだった。

 アイディアが素晴らしく、生身の戦闘シーンを格好良く撮影することに定評がある。スタントを使わずに、役者自身で激しいアクションを行わせる彼のスタイルは、賞賛されている。

 ただひとつ、悪癖があった。それはヒロインの胸や足のアップを多用することだった。太腿が大胆に露になったショットに、アクションで胸が上下に揺れ動くショット。よくも悪くも人の目は集まる。

「彼と同じようになりたくて、真似をした。露出の多いコスチュームをヒロインに着せたところで、なれるわけがないのに」

 扇情的な衣装のせいで、仲間内から性犯罪者を出してしまったことを、太陽は深く反省している。

「俺は、そのなんとかって監督のことは知らないけどさ。あんたのあの、『怪獣ゲスギス』だっけ? あれは、面白いと思ったよ」

 慰めではなく、本心からそう言った。太陽は顔を上げる。

「あんたにしか撮れない映画だったんじゃないのか?」

 あの映画は、少年と怪獣のみの出演だった。女性の太腿なんて刺激的なものは、彼の映画には不必要だと思う。

「ありがとう……」

 救われた、という表情で太陽がそう言うものだから、飛天も照れくさくなる。ところで、と話を変えた。

「新作の撮影は、どうするんだ?」

 記録係はいいとして、最大のネックは出演者がいなくなってしまったことだった。太陽は溜息をつく。大変なのはそれだけじゃないんだ、と。

「……あいつがサークル内のめぼしい女子とほとんどヤっちゃっててさ」

「うわ」

 それって何股?

 興味本位で尋ねたら、太陽がより可哀想になるので、飛天は口にチャックする。

「それで揉めに揉めて、大量の退部者が出たところなんだ」

 これでは撮影を続けるどころの騒ぎではない。

「それに、作ったところで学校祭には出られない」

 太陽は大学側に、学校祭への参加自粛を申し入れていた。悪質な行為が横行していた期間が、どの程度かはいまだわかっていない。場合によっては、廃部になるかもしれない。

「じゃあ、あの映画は……」

「完全にお蔵入りだな。僕も来年は四年だ。卒業制作の方に力を入れなければならない」

 やりきれない表情で、太陽は吐き捨てた。ヒロインのイメージに合う女優がいないという理由で、撮影を先延ばしにしていたほど、思い入れの強い作品だった。

 身内の不祥事で、日の目を見ることはなくなった。どれほど悔しいことだろうか。飛天は太陽の気持ちにシンクロするとともに、自分がどれほど、迷惑をかけて生きてきたのかを痛感する。

「……撮ろう」

「え?」

「発表はできないかもしれないけど、撮ろうぜ」

 罪滅ぼしのための、自己満足の提案だった。でも一番の理由は。

「俺は、あんたが撮った彼女の姿を見てみたいんだ」

 素直な言い方ではない。飛天は太陽の作品を、きちんと完成した形で見たくなったのだ。脚本だけではなく、断片的なシーンではなく、一本の映画作品として。

 あの映画祭で、唯一飛天の心を惹きつけたのは、中野太陽の作ったものだけだったから。

「でも、役者が……あとスタッフも」

監督トップがそんな弱気でどうすんだよ。それとも、撮りたくないのか?」

 お前の理想のヒロインを。

 太陽は逡巡していたが、すぐにきりりと表情を引き締めた。やっぱり彼は、役者よりも制作者に向いている。気持ちを切り替えて、スケジュールの調整や人員の確保にすぐに動こうという気概が感じられた。

「……裏方はどうにかする。でも役者は、あれだけ動ける人間というと……」

 飛天は彼の肩を叩き、それからニッと笑った。マスクの下だから、太陽には見えなかった。

32話

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