高嶺のガワオタ(33)

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ライト文芸

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32話

「ありがとう」

 試写会が終わり、そのまま打ち上げに流れる。紙コップに注いだドリンクを手渡してきた太陽に、飛天は礼を言われた。

「礼を言われることなんて、俺は何もしてない」

 太陽は首を横に振る。

「映画を完成させられて、しかも上映する機会までもらった。でも、一番感謝したいのは、違うんだ」

 と。

 ゆっくり腰を据えて話すべく、会場隅の椅子に並んで座る。映理が気がついたが、二人の様子を見て、自分が入らない方がいいと判断したようだ。すっかり仲良くなった特技研の残り少なくなった女子部員と、談笑を続けている。

 きっと、飛天とはできないディープな特撮トークをしているのだろう。

 飛天はマスクを取って、ジュースを飲んだ。眼鏡は相変わらずである。

「僕はヒーローよりも、怪獣が好きなんだ」

「だろうな」

 前作も今作も、正義のヒーローは出てこなかった。飛天が代役で演じたのだって、サヤの個人的な守護者であって、世界を救おうというわけではない。

 巨大生物が暴れるのに、カタルシスを感じる太陽は、ひたすら怪獣にフォーカスした作品を撮っている。

「人間なんて、怪獣に恐れおののき、踏みつぶされるだけだと思ってた」

「あんた、自分も人間だって自覚ある?」

 どうも怪獣に肩入れをし過ぎているのではないだろうか。太陽は飛天のツッコミをスルーする。このくらい我が強くないと、映画なんて作れないのだろう。

 太陽は飛天と向き合った。視線が一瞬、まともにかち合う。目の前にいるのが、見るだけではなく自分で撮影してしまうほどの特撮オタクだということを思い出した。

 長く見合っていると、自分が何者なのか露見してしまう。飛天は顔を俯ける。

「でも、君の演技を見ていたら、考えが変わったよ」

 前髪で目を隠していた飛天は、太陽の言葉に顔を上げた。

「君に引っ張られて、みんなの演技がよくなった。カメラを通して見ていたら、まだ合成していないのに、怪獣がそこにいるように見えた」

 アマチュアの映画祭に出展する度、観客が自分の作品を褒めそやす。知らず知らずのうちに、特撮技術を過信して、人間の力を貶めていた。

「特撮なんて子供だましだって言われて、怒っていたのにな。いつの間にか、僕がそう思うようになっていたみたいだ」

 飛天は、高岩たち先輩に言われた言葉を思い出した。

『いいか? 俺たちの商売は子供相手だ。だが、子供を侮るな。そういう気持ちを、子供は簡単に見抜く』

 だから真剣に。

 ヒーローはヒーロー。悪役は悪役に完全になりきれ。そう教わった。「所詮子供だましだ」と演技に手を抜けば、目の前の子供はショーに見入ることはない。二度と、会場に足を運ばなくなる。

「僕は今後、プロになるつもりでいる。君に大切なことを思い出させてもらった。ありがとう」

「……どういたしまして」

 飛天は胸が熱くなるのを、ごまかしながらそう言った。

 自分の演技が、太陽の考えを変えた。影響力の大きさに、ドキドキした。アイドルを辞めた後、歌には行かずに役者の道を志したのは、今、この瞬間を味わいたかったからかもしれない。

 歌やダンスはライブに勝るものはない。音源化、映像化したところで、会場の空気感に肉薄することはない。

 だが、映像作品は違う。舞台とは違い、過去の映像をいつでも見られるのが特徴だ。

 自分が携わった作品が、長い間語られることで、広がっていく。それは役者じゃなければできないことのような気がした。

「ところで、本当に名前をクレジットしなくてよかったのかい?」

 話を変えてきた太陽に、飛天はマスクの位置を戻して頷いた。

「ああ、いいんだ」

 名前は明かしたくなかった。下手な偽名を考えるのも面倒だったので、飛天の名前は映像上にどこにも残っていない。

「そうか」

 太陽は、納得していないものの、本人がそう言うなら仕方がない、と肩を竦めたのだった。

 それから太陽は、仲間に呼ばれて飛天の横を離れた。入れ替わりに、映理がやってくる。

「少し、いいですか?」

 いつもと違って、緊張した面持ちだ。見知らぬ男を前に緊張しているようにも見える。もちろん、と飛天は頷く。

 しばしの沈黙が、辛い。言わなきゃ、と思っていたことがあったはず。君の言っていたことが、少しわかったよ、と。

「あの……仲直り、しませんか?」

 まごついている飛天に対して、映理が口火を切る。飛天は頷いて、まずは喧嘩の原因になった己の態度について謝罪した。

「これが怪獣映画だってこと忘れて、自分の考えを押しつけて、すまなかった」

 相対すると、映理はふわっと微笑んで、首を横に振る。眉根が少し寄っているので、自己嫌悪は抜けていないとみえる。

「飛天さんは、演技に対して譲れないものがあったんでしょう? 私も、特撮については譲れないものがあった。だから、謝るのは違うと思うの」

 それに、と今度は満面の笑顔を飛天に向ける。あまりのまばゆさに、目を細めた飛天は、「それに?」とオウム返しで応える。

「飛天さんが引っ張ってくれたから、この映画は素晴らしいものになった。私は……ううん、中野さんもみんな、そう思ってる」

 ありがとう、と彼女は言う。礼を言うべきなのは、こちらの方だ。

「俺も、みんなに感謝してる。映画作りに参加して、俺はやっぱり」

 この道を捨てられないのだと、悟った。でもそれを言ってしまえば、自分が何者なのか明かすことにつながってしまいそうで、言葉を切った。

 映理は追及してこない。だから飛天は、話題を変える。

「そういえば映理さんは、どうしてヒロイン役を引き受けたんだ? やっぱり中野の脚本に惹かれたから?」

「それもあります。でも一番は、ね」

 彼女は頬を染めて、飛天の目をじっと見る。何かを訴えかけるような瞳に、くらりときた。

「お、れ?」

「そうです。飛天さんが、ヒーロー目指してチャレンジしているのを見て、私も新しいことをやってみたいな、と思って」

 自分の姿を見て、「自分もやってみよう」と思い、挑戦する。

 それって。

「なんか俺、ヒーローみたいだな……」

 何言ってるんですか、と映理は呆れた声をあげる。

「サヤにとっては守護者はヒーローですよ。それに、私にとっても、飛天さんは……ね?」

34話

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