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<43話
「十年近く前のことを言われても、と晒したアカウントを憎みました。大きな仕事が決まったのに、全部ダメにされた。その傲慢さをきっと、見透かされていたんだと思います。一部の特撮ファンからは、厳しい意見が続出しました。中傷ともいえる発言も多々ありました」
その結果、番組を降板し、事務所も辞めた。SNSのアカウントはすべて削除して、現実世界でもネットの界隈からも隔絶した生活が長かった。
そう告白しても、コメント欄が荒れるのは止まらない。
「最近になって、何人かの特撮ファンと、リアルで知り合いになりました。特撮が好きな人間は、イコール僕の敵だと思っていましたが、違ったんです」
飛天は語る。映理たちの名前は出さないが、彼らがどれほどの熱量で特撮を愛し、応援しているのかを。
番組やショーが、子供たちのための物であることを自覚し、大人がルールを破るのはいけないと、勇気を振り絞った映理。
見るだけではなく、作り手として特撮に関わり、新しい作品を生み出そうとする太陽たち、特技研のメンバー。
飛天は会社から借り、持ち出したヒーローの仮面を取り出す。次郎にお願いされて嫌々演じたそのキャラクターは、今はただのマスクだ。感情も、表情もそこにはない。
「今、僕はヒーローショーを行う会社で、スーツアクターとしてアルバイトをしています」
だから、自分は知っている。
「特撮を愛している人は、ネットの架空の存在じゃなくて、実在していて、ショーを見て笑ってくれる存在でもある……中に入っているのが僕だと知らないからかもしれませんが」
なぜか映理だけは、飛天がどんな姿でいようが、迷いなく何役だったかをあててくるが、あれは重度の特オタにしか使えない魔法なのだろう。
飛天はカメラに向かって微笑んだ。きっと映理も、太陽も、次郎も見てくれているはず。
「僕にとってのヒーローは、僕に特撮の面白さ、奥深さを教えてくれた友人たちです。ありがとう」
そして飛天は、自身の夢を語る。
「僕は四月から、アクション俳優の養成所に通うことに決めました。スーツアクターとしてだけではなく、顔出しでの役者としても、活動を再開したいと思っています」
絶対に許さない。そう思っている人間は、一部に過ぎない。炎上したときの飛天とは違う。支えてくれる人間がいることを、知っている。
「いつかまた、特撮ドラマのキャストとして呼んでもらえるように……頑張ります」
大きな損失を与えてしまったから、二度と選ばれることはないかもしれない。でも、目標にするくらいは許されるだろう。
飛天は再び大きく頭を下げて、録画を停止した。
どっと肩の荷が下りて、深く安堵の息をつく。あまり見る余裕のなかったコメント欄を、ぼんやりとチェックした。
荒れに荒れていたコメントだが、一部を除いて沈静化し始めている。動画の評価も「GOOD」が優勢になりつつあり、飛天は自分の誠意がなんとか伝わったことに、ホッとする。
再びコメントの流れが速くなったのは、「NAKANO‐Sun」というアカウントが、動画のURLのみをぺたりと貼りつけた後だった。
「中野サン」……中野太陽のアカウントだということは、すぐにわかった。彼とは上映会以来、顔を合わせていない。飛天を糾弾する内容かもしれない。震える指で、クリックする。
映ったのは、映理がヒロイン役を演じ、飛天が守護者の代役を務めた例の映画だった。
どうしてこれを?
飛天の疑問は、エンディングのテロップで判明した。
『サヤの守護者 品川飛天』
キャストとしてクレジットされた自分の名前を見て、飛天の目からは涙が落ちた。
太陽は、名前を載せないでくれという自分の事情を、あの日「品川飛天だ!」と名指しされ、逃げ出したことから理解したのだろう。
そして飛天の名前を掲げた動画をアップした。これは、「気にするなよ」という彼からのメッセージだ。そうに違いない。
それからもう一件。名前のないゲストユーザーからのコメントがある。こちらは飛天にしかわからないだろう。
『絶対に、報われる日が来るから。飛天の活躍を、祈ってる』
これは、敦だ。アイドル事務所はSNSをすべて禁止している。彼は真面目なので、律儀に守っているから、ゲストユーザーとして投稿したのだ。
「……そうだな」
彼が言うと、とても説得力があった。何せ、一度はデビューも絶望的だった男なのだから。
飛天は微笑み、涙を拭った。泣いている場合ではない。宣言した以上、動き出さなければならない。
スマートフォンの電源を再度入れると、映理からメッセージが届いていた。
『感動しました』
相変わらずスタンプや絵文字の一つもない。表面上は素っ気ない文面だが、映理の声で脳内再生されると、文字がいきいきとして見えてくるのだから、不思議である。
『飛天さんの動画を見て、決めました』
タイミングがよかったのか、リアルタイムでメッセージが届いたので、即座に「何を?」と返す。
『私も、私の夢を追うことにします!』
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