断頭台の友よ(19)

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18話

「被害者の人数の割に、資料が少ないような気がする」

 クレマンも感じていた当然の疑問に、オズヴァルトも行きついていた。上司から引き継いだ資料を見たときは、思わず「これだけですか?」と尋ねてしまったくらいだ。イヴォンヌの遺体のスケッチや所見のメモだけで、クレマンは五枚紙を消費した。オズヴァルトを含む、事件発生当時バロー邸にいた人々の証言を含めれば、もっとである。

 なのに、渡された資料は断然少なかった。ひどいものだと、紙きれ一枚に遺体についてと親族の証言がまとめられてしまっている。

「本当にこれで全部? 隠されているんじゃないか?」

 オズヴァルトの疑問はもっともだが、クレマンは首を横に振った。

「あの人はそこまで愚かではないさ」

 解決した手柄はすべて、上司のものにすると宣誓しているのに、捜査が失敗するように資料を隠蔽するなど、ありえない。自分の功績を上げ、名誉を受けるためならば手段を選ばない男である。実際、人海戦術が必要になる場面では、依頼すればすぐに自分の部下を貸すと申し出があった。

「ただちょっと、捜査に関して雑なだけだ」

「ちょっと……?」

 少しやちょっとの範疇を大きく超えていないか、と言わんばかりに眉を跳ね上げさせたオズヴァルトに、クレマンは肩を竦めることで応えた。

「バロー嬢の事件だけではなく、一度捜査をやり直した方がよさそうだな」

 ようやくすべての資料を読み下して、クレマンは大きく溜息をつき、紙の束を机に放った。一般人のオズヴァルトに事件資料を見せ、情報漏洩をしているから、基本的に二人ですべて行うしかない。上司に依頼すれば、聞き込みは任せられるかもしれないが、自分やオズヴァルトと同じくらいの熱意を持ち、正確に報告を上げることのできる捜査官が、果たして何人いることやら。思い浮かぶ顔は、数人しかいなかった。優秀な彼らも別の仕事を抱えている。

 加えて、クレマンは聞き込みが苦手である。初対面の人間相手に、口を滑らかにさせる技を知らない。ひどいときなど、お互いに人見知りを発揮して、重要な事実を聞き漏らすことさえあった。

「ここはまぁ、適材適所といこうじゃあないか」

「うん?」

 オズヴァルトは柔らかな微笑みを浮かべてクレマンを見つめた。もともとの顔の造作がやたらと整った男である。同性であり、妻帯者であるクレマンでさえも魅了するような顔だ。

 どぎまぎしている自分を律しながら、クレマンは苦い茶であることを忘れて、一気にカップの中身を呷った。苦い。まずい。急いではちみつを舐めるが、ひとさじじゃ足りない。

 慌ただしい様子を眺め、堪えられなかったのか、けらけらと声を上げてオズヴァルトは笑った。ああ、そうだ。彼はやっぱり、笑顔の方がいい。婚約者を失ってから、影のある表情しか出せなくなっていた彼の、年よりも幼く見える笑い顔に、クレマンも自然と微笑みを唇に刻む。

 発作的な笑いが落ち着いて、オズヴァルトは机の上に置いた紙の束を、指で突いた。

「聞き込みは、俺がやる。被害者は裕福な中流階級や、貴族連中が多いみたいだからな。夜会に行けば、関係者に誰かしら会うことができるだろう」

 なるほど、確かに適材適所である。クレマンは派手な催しや、それに伴う駆け引きが苦手なので、王家主催の舞踏会に年一回出席するだけだ。ドレスの支度に金がかかるし、マナーに自信がないとぼやく妻も同じ意見なので、王都の中に住まないことを選択した先祖には、感謝だ。サンソン男爵なる人物は最初から存在していないように、招待状が一枚も送られてこない。

「ならば僕は、捜査に立ち会った同僚たちから話を聞いて、ご遺体の状態を調べることにしよう」

 最初の方の死体は記憶に残っていないかもしれないが、ひと月前のものならば、まだかろうじて覚えているだろう。メモ書きにある名前は、幸いにしてクレマンにそこそこ好意的な人物である。

 連続殺人は、無差別殺人なのか。それとも何らかの理由があって被害者たちは選出されたのか。

 オズヴァルトは周囲の人間の証言から探り、クレマンは物言わぬ死体の共通点を探る。もしも被害者たちに見えない鎖のような関係が認められれば、次の被害者を出さずに済むかもしれない。

 淡い期待を胸に、クレマンはまず、同僚たちに順に話を聞きにいくことにした。

20話

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