断頭台の友よ(35)

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34話

 カルノー子爵邸は、マイユ家よりもバロー家よりも、当然サンソン家よりも、もっとずっと立派であった。国王の暮らすロザリンド宮を模した白亜の館である。宮殿が建てられたのは、十年ほど前だったと思うので、その頃、カルノー子爵も家を改築したのだろうことがわかる。

 新たな王が立ち、新しい宮殿に移るたびに、自分の屋敷を似た建築様式で建て替えるのは、国王への忠誠と、自身の経済力を示すためである。カルノー子爵は今の王朝が始まったかれこれ二百年以上前から、この土地に邸宅を建て替え続けて暮らしているらしい。

 すでに何度も訪れたことがあり、自身の実家や目抜き通りに構える店舗も立派なマイユ家の三男坊は、あまりに美しい白の館に言葉も出ないクレマンのことを無視して、すぐに扉をノックした。

 出迎えたのは、当然主人ではない。スッと頭を下げ、「お待ちしておりました。オズヴァルト様。そして、サンソン卿。ようこそお出でくださいました」と、歓迎の意を表したのは初老の執事である。住み込みの使用人すら雇っていないクレマンにとっては未知の存在だし、貴族ではないマイユ邸にいるのは、専門の訓練を受けた執事ではない。頭のてっぺんから爪先まで洗練された動きに、思わず溜息が出た。

「こちらはカルノー子爵の執事である、シモン殿。シモン殿、彼が私の友人で、優秀な医師でもあるクレマン・サンソンです」

 帽子を脱ぎ、改めて「よろしくお願いします」とクレマンは言うが、声は小さい。人見知りする性質なのである。今日は庇ってくれるオズヴァルトもいるし、執事のシモンも小声で自信がなさそうだからって、馬鹿にしたりする人種ではないはずだ。少なくとも、内心どう思っているのかは別にして、面と向かって嘲笑するような品のないことはしない。

 そしてそれは、彼の雇い主であるカルノー子爵とその夫人も、同様に違いない。近所の村人たちを相手にしているクレマンは、往診もその範囲でしか行かない。オズヴァルトがわざわざ貴族街の屋敷に呼び出したくらいだ。感じの悪い人間を、友人に紹介しようとする男ではない。

「お客様をお連れいたしました」

 先導したシモンが扉を押さえてくれた。オズヴァルトは慣れたもの、堂々と入室してカルノー子爵夫妻に挨拶をしているが、クレマンはまず、シモンに軽く頭を下げた。彼は皺を深くして、無言で主人たちの元へと促した。

「あの……初めまして。クレマン・サンソンと申します。この度は、ご招待いただき、ありがとうございました」

 とにかくはっきりと伝えることだけ意識すると、挨拶は無駄にゆっくりになってしまった。夫妻は二人とも、クレマンが最後まで喋り終わるのを、待っていてくれた。遮られることなく挨拶ができたことで、ひとつ自信をつけたクレマンは、背筋を伸ばして立った。

36話

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