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<43話
クレマンは胸のポケットから、マノンに渡されたカードを取り出した。自殺志願者の集う場所。集まって、何をするのか。死にたいという気持ちをもった人間が集まれば、一人では実行する勇気のない人間も、集団心理に乗せられて、決行してしまうのではないかと、クレマンは思うのだが、そうした事件の噂は聞かない。
兄や母がこの会の存在を知っていたら、救いを求めただろうか。結局彼らは一人でも死んでしまったから、仲間を求めることはなかったかもしれない。
手がかりは、ここしかない。正面切って突撃するよりも、自分のいつも憂鬱そうに見える容貌を活かし、潜入する方がうまくいく気がする。ちなみに、オズヴァルトには何も話していない。彼を傷つける可能性があった。
婚約者以外の男と愛し合い、子を宿すに至ったイヴォンヌのことを思う。子殺しは大罪で、やはり死刑を言い渡される。産み落とした子供を抱くことすら許されず、彼女の子は孤児院にでも送られたに違いない。男はイヴォンヌをさらって逃げるでもなく、解雇されてそのまま。オズヴァルトとの結婚後、出産を経験したことがあると露見したら。彼女の抱いた恐怖は、いかほどのものだっただろう。
イヴォンヌ・バローが「死にたい」と願ったとしても、おかしくはなかった。婚約者に自殺願望があったことを、オズヴァルトが知れば、彼は絶対に気に病む。イヴォンヌを実際に殺害した犯人よりも、彼女を支えてあげられなかった自分自身を憎む。
大切な親友の心を守るため、クレマンは秘密の集会には自分ひとりで参加することを決意した。幸い、旬日は教会によって定められた休日で、王にも処刑人にも平等に与えられている。敬虔な信徒は、早朝に礼拝に向かうくらいでのんびりと過ごす。村の教会ではなく、王都のはずれの教会に行くだけだ。
旬日は三日後だが、教会の噂話だけは仕入れておこう。クレマンは立ち上がり、墓石に触れた。冷たく硬い感触は、時間の経った死体と同じだった。処刑人としてだけじゃない。医者としても、クレマンにとって死は身近だった。
そう、自分自身がふらふらと境界線を踏み越えていってしまいそうな危うさを、ずっと持て余している。
クレマンは墓石から手を離した。誘惑を断ち切るように背を向けて、大股で来た道を帰っていく。誰かに呼ばれる幻聴を振り切り、森を脱出したところでやってきたのは、オズヴァルトだった。
額に汗をし、「ああ、クレマン!」と、小走りに近づいてくる彼の姿は、あの日と同じだ。びゅう、と一陣の風が強く吹きつけてきて、二人の髪を揺らし、間の空気を冷やした。
春はまだ、遠い。
>45話
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