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<48話
その日、クレマンは朝から胃が痛かった。
原因は、数日前に届いた手紙である。マノンの処刑から三日後、まだ調子が戻らない。オズヴァルトからマノンや彼女の夫・オーギュストについての話をしたいという催促が何度も来ていたが、何も返せずにいた。マノンを殺したのは自分だ。彼女たちの話を、何でもない顔をしてできるようになるには、しばらく時間がかかる。
小鍋に生姜を入れて煮出した汁に、蜂蜜を入れて味を調える。これを飲むと、冷えた節々がほぐれていく。薬というわけではないが、秋から春の初めの肌寒い季節によくつくる飲み物であった。ブリジットもひどい冷え性に悩んでいたが、結婚し、これを飲むようになってからは、寝つきがよくなったという。
「あなた」
ぼんやりと鍋の中を見つめていたクレマンに、ブリジットが差し出したのは封筒である。差出人の名前はないが、封蠟で一目瞭然、高等法院からのものである。普通の郵便配達人を介さず、サンソン家の家業をよく知る役人が直接持ってくる消印なしの手紙だ。しかし、いつもと違うのは、クレマン本人ではなく、妻に手渡したという点であった。
死刑執行の命令書は、間違いがないようにクレマンに直接手渡される。確かに受け取ったという署名も必要であり、内容と相まって、大変億劫なものであった。
不思議に思いながら、クレマンはペーパーナイフで封を開ける。すると、もう一通封筒が入っていた。他には何かメモ書きのようなものすらないので、外見は偽装で、こちらの手紙が本命であろう。
「これは・・・・・・」
やはり差出人の名はないが、封蠟は何よりも明確に、手紙の主が誰なのかを指し示している。貴族だけではなく、この国に生きる人間であれば、誰もがよく知っている、百合の紋章。
時候の挨拶も、突然の非礼を詫びる文言もなく、ただ端的に、呼び出しの日時と場所が書かれていた。突っぱねれば、クレマンの首が物理的に飛ぶ。処刑人を死刑に処する任は、誰が担うのだろう・・・・・・。
キリキリと痛む胃を押さえながら、クレマンは招集された場所、すなわち王宮の一間に、黒衣と仮面という執行人の正装で現れた。高等法院が仲介したということは、サンソン家当主としてではなく、死刑執行人としてのクレマンとの面会を、先方が希望しているということである。
国じゅうの貴族の参加が義務づけられる舞踏会くらいでしか、クレマンが宮殿に足を踏み入れる機会はない。それも、大広間だけだ。実用性よりも装飾性を重視した棚や箪笥にテーブル、それから宝石が散りばめられたシャンデリアの部屋ばかりだと思っていたが、案内されたのはずいぶんとこざっぱりとした、質素な部屋であった。
それでも、座るように言われたソファはクレマンの家にあるものとは違う柔らかさと肌触りだったので、てっきり使用人の部屋に通されたのかと思ったクレマンは、自分の認識を改めたのだった。
>50話
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