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<54話
「何に乾杯する?」
問われ、クレマンは首を傾げた。しかし、考えるまでもない。
「事件の解決を願って」
「……そう。それしかないよな」
苦笑したオズヴァルトは、グラスを掲げた。
イヴォンヌが殺されてから、ほぼ進展がないまま数ヶ月。その間、首斬り鬼による犯行と思われる事件は起きていない。もともと周期的に犯行を行う殺人鬼ではなく、何ヶ月も雌伏していたかと思えば、立て続けに殺したりもする。今は虎視眈々と、獲物を狙っているのかもしれない。
「それで、オズ。今日ここに来たってことは」
お互いに自分の得意分野で捜査を続けており、進展があったときには手紙で報告をしあっている。だが、オズヴァルトはクレマンほど筆まめではないため、こうして何の前触れもなく訪れることがあった。
オズヴァルトは頷いた。
「社交界に顔を出して、イヴォンヌのことを大げさに悲しんでみせていたら、声をかけられてね」
暗い顔をした連中だったよ、とオズヴァルトは嫌そうな顔をした。美形は顔をしかめていても、いい男なのだな、などと思いながら、じっと見つめていたクレマンのことを、オズヴァルトは勝手に解釈をして、慌てて弁解を始めた。
「いや、君は暗いというよりは……そう、物静かで威厳があるっていうんだ。うん」
クレマンは自分がいかに陰気くさいかを理解しているので、オズヴァルトの言には耳を貸さない。それで、と彼に話しかけてきた人間たちのことを知りたくて促す。オズヴァルトは目をぱちぱちとさせて、それから溜息をついた。
男たちは、オズヴァルトを煙草室に誘った。実際に煙草を吸うかどうかはこの際関係ない。そこは男だけの社交場であり、時間帯によっては誰もいないことがある。女性には聞かせられない猥談をはじめ、密談や内々の取引などにはうってつけであった。ダンスの時間帯は、パートナーがいる紳士たちは広間にいる必要があり、彼らはその時間を狙った。
煙草室では、誰も煙草をすわなかった。男たちはオズヴァルトを取り囲んだ。
「逃げられないようにって感じだったな。まあ、逃げてきたんだが」
「大丈夫だったのか?」
オズヴァルトは肩を竦め、「あんな連中、俺の敵じゃないね」と笑った。
彼らは、婚約者を亡くして嘆き悲しむオズヴァルトを、ある集会に誘ったのだという。
「集会……」
なんだかとても嫌な気がした。クレマンの呆然としたつぶやきに気づくことなく、オズヴァルトは「そう」と人差し指を立て、クレマンに自分のつかんだ情報を教えてくれる。
「自殺志願者が集まる教会っていうのが、あるらしい」
やはり、そうか。
クレマンは気づかれないように、細く息を吐き出した。まだだ。まだ、決定的な話にはつながっていない。
>56話
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