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<55話
「それは、僕に今すぐに報告すべきことなのか?」
「おっと。夫婦の団欒を邪魔したのは悪かったよ。でも、聞いてくれよ。その集会に出てたどこぞの貴族が、首斬り鬼に殺されたっていう話なんだ」
おそらくそれは、アンベールのことだろう。他にもいるのかもしれないが、少なくともそのうちの一人だ。
「なあ、何か手がかりがありそうだろう? だから俺、行ってみようと思って」
ちょうど明日なんだ。一緒に行ってみないか。
そう誘われて、クレマンはこれ以上隠しておくことはできないと諦めた。マノンからもらった情報を自分の目でも確かめたかったし、オズヴァルトに嘘をつくのも心苦しい。
クレマンは、妻に目配せをした。物わかりがいい彼女は、小さく頷いて、退出した。二人きりにしてほしい、というクレマンの意図を汲み取ったためだ。
「オズ。僕からも、話がある」
言って、資料の束から取り出したのは、マノンの筆記のメモである。覗き込み、住所を見た彼は、急いで自分の胸ポケットから手帳を取り出して、見比べた。
「……驚かそうと思ったのに、俺が驚かされた。君、この集会のことをいったいどこで知ったんだ?」
「マノン・カルノーだよ、オズ」
「カルノー夫人?」
クレマンは、先ほど彼の言った首斬り鬼の犠牲者が、彼女の元婚約者・アンベールだということを話した。
ここまでは、大丈夫だ。オズヴァルトは驚き唸っているが、それだけだ。けれどクレマンは、これから自分の抱いている疑いについて、話すと決めた。集会の責任者に、イヴォンヌ・バローのことを聞こうと思っていた。一緒に行くのに、質問の際にオズヴァルトを遠ざけるのは不自然だ。かといって、一緒に行かないとなると、また十日、待たなければならなくなる。
一緒に行き、彼の目の前で真実を明らかにする覚悟を決めなければならない。クレマンは「悪く思わないでほしいんだが」と前置きをしたうえで、口にした。
「僕は、イヴォンヌ嬢もその集会に参加していたんじゃないかって、思っている」
オズヴァルトはぽかんとした表情を浮かべた。
家と家同士の結びつきを強めるための結婚だが、それでも二人は仲良くしていた方だった。王都で話題の店に二人で足を運ぶなど、デートもしていたし、オズヴァルトは頻繁に彼女にプレゼントを贈っていた。婚前でも、バロー家に泊まるのを許されるほど、気心が知れていた。婚約期間中に、恋人のような関係を築くことは難しいが、ありえないことではない。
クレマンの目には、二人が緩やかに想いを抱き合っていくように映っていた。だからこそ、イヴォンヌがずっと婚約者を裏切り欺いていたことに嫌悪を抱いたし、オズヴァルトには絶対に知られてはならないと思った。
「どうして?」
震える声での問いに、クレマンは首を横に振った。
「理由は言えない。死者の過去を勝手に暴くのは、僕にはできない」
「そんなこと言うなよ!」
激高してオズヴァルトがテーブルを叩く。グラスが倒れ、残っていたワインが零れたが、視界の端に捉えながらも、二人とも後始末をしようとはしない。流れるまま、汚れるままに任せた。
「わかってくれ。僕は、君を傷つけたくないんだ」
今にもつかみかかってきそうなオズヴァルトを制して、クレマンは苦しい胸の内を吐き出した。もうほとんど、答えを言っているようなものだ。イヴォンヌが浮気をしていたことくらい、勘のいいオズヴァルトなら、クレマンの言葉だけで悟る。彼女が他の男の子供を身ごもったまま、彼とデートをしていたなんてこと、オズヴァルトは知る必要はない。
ぐしゃりと前髪を掴み、ガシガシと弄ぶオズヴァルトは、悔しさややりきれなさをうまく処理できていなかった。それでも、真っ青な目をこちらに向けると、きっぱりと言い切った。「もしも明日、イヴォンヌが本当にその集会に参加していたことがわかったら……全部、話してくれ」
クレマンは神妙に頷いたが、絶対に最後の砦だけは守ろうと、心に誓ったのだった。
>57話
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