断頭台の友よ(61)

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60話

 首斬り鬼のしていることは、傍から見ればただの無秩序でおぞましい人殺しだが、被害者と犯人にとっては、一種の契約なのかもしれない。死にたがっている人間を殺してやったのだ、何が悪い。開き直りを感じる。

 イヴォンヌもアンベールも、他の犠牲者たちも、自死する勇気がなかった。いや、逆に言えば、兄や母とは違い、鬱屈とした気持ちを抱えながらも、漫然と生きていく勇気の持ち主であったということだ。

 生きてさえいれば、どうにかなったかもしれない。こんな怪しい集会ではなく、クレマンの診療所に来てくれていたら、話を聞いて一緒に悲しんだり解決策を考えたり、少なくともこの司祭よりは、具体的に行動を移すことができたし、もっとよく効く薬を処方することもできたのに。

「司祭様。私はあなたを疑っています」

 俯いていた彼は顔を上げた。「クレマン」と、オズヴァルトがおずおずと袖を引いて落ち着けよと言うが、クレマンは止まらなかった。止められなかった。

 クレマンは、死にたいと思ったことはない。あったとしても、願ったり口に出したりするには、人を殺しすぎた。罪ある人々の死を背負うことは、辛い。けれど、父が言ったとおり、この仕事は誰かがやらねばならぬ。この国の秩序と正義を守るために、本当の悪であれば、剣で断罪しなければならぬ。そのために、どれだけ忙しくとも高等法院所属の捜査官という立場を捨てないのだ。

 イヴォンヌの遺体のスケッチを取り出した。首の断面を指す。オズヴァルトの画力が正確に描写しているため、実際の死体と同じくらい猟奇的だ。司祭は嫌そうに顔を背けたが、それすらも演技ではないかと疑う。

「見てください。切り口はガタガタと歪んでいますね。これは、剣の素人による犯行であることを表しています。軍人や傭兵、あるいは肉屋かもしれませんが・・・・・・刃物の扱いに慣れた人間であれば、こうはなりません。司祭様は、剣をお使いにはならないでしょう?」

 答えは肯定しかありえない。屈強な男だが、聖職者である以上、刃物については熟知していないはず。

 しかし、クレマンの予想は簡単に覆される。

「ああ、それなら」

 司祭はあからさまに安堵した様子で、肩の力を抜いた。彼の案内に従って、中庭に出る。下男が薪割りをしているところに声をかけ、司祭は納屋から剣を持ってこさせた。

「持ってみてください」

 クレマンは受け取るも、あまりの重量にふらついた。処刑用の剣も相当重いのだが、比ではなかった。オズヴァルトが咄嗟に支えてくれなければ、みっともなく尻餅をついていたことだろう。

 司祭は面白そうに笑うと、軽々と剣を持ち上げた。そして、薪に向かって振り下ろす。動きの無駄のなさ、そしてきちんと手入れされた利剣。斧を使い、えっちらおっちらと作業していた下男は、感嘆の声を上げた。

「私、司祭になる前は傭兵をしておりました。今も、剣の腕は衰えていないつもりでおります」

 クレマンの手から死体のスケッチを奪うと、司祭はまじまじと観察した。

「手練れが偽装したのであれば、もっと下手にするでしょう。これは本当に、素人の手によるものです」

 と、太鼓判を押してくれたわけだが、クレマンはあまりの失態に消えてなくなりたい気持ちでいっぱいになった。

62話

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