断頭台の友よ(64)

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63話

 医者は呼ばれていたが、クレマンよりも若い男で、その師は外科的治療しか教えていないらしい。彼らは具合が悪いときは瀉血だ! という悪い病気にかかっている。

 刃の薄い手術用ナイフを取り出した瞬間に、クレマンは思わず叩き落とした。自分よりも大きな男に睨まれても、怖くない。患者が第一である。

「君、この子は血の海を見て倒れたんだ。彼女が自分の腕から流血しているのを見たら、いったいどうなると思う」

 クレマンの静かな叱責に、あ、と口を開くだけ、男は素直であった。首に手をあてて脈を取るが、ずいぶんと弱々しい。まずは暖かくしなければならないので、隣のベッドから毛布を移動させた。

「あの、僕は何をすれば」

 自分の短慮を反省した青年は、クレマンの手際を見て、同業であると認めた。独りよがりにならず、指示を仰ぐことができるだけ上等だった。台所へ行き、湯を沸かすように命令する。

「ぐつぐつとわかさないように。彼女に飲ませるのだから」

 彼はすぐさま行動に移し、大股で水場へと向かった。

 事件の第一発見者は、えてして混乱をきたす。クレマンはそういうときのために、気つけ薬を持ち歩いていた。弱々しくなった心臓の動きに少しだけ刺激を与え、頭をすっきりさせる。水で飲ませてもいいのだが、身体が冷え切っているときは、まず温めることだ。

 カップを青年が持ってきたところで、彼女も目を覚ました。どうして自分がベッドの上にいるのかわからない様子だったが、焼きついた光景が脳裏によみがえり、「きゃああ」と高い声で叫び、飛び上がる。

 恐慌状態になった少女の背中を摩り、クレマンはカップを受け取る。そこに気つけ薬を溶かし入れて、「これをゆっくりと飲みなさい。少し苦いけれど、今の君には必要だ」と優しく言いながら、口元に近づける。

 噎せながらも飲み干した彼女を再びゆっくりとベッドに横たえる。

「あの、あの、赤ちゃんたちは……」

 慰める言葉も思い浮かばず、クレマンは首を横に振った。彼女の目からは大粒の涙が零れ、シーツを濡らしていく。

「あ、あたしのせいだわ! あたしが、夜中に起きられなかったから、あの子たち、殺され……!」

「君のせいではないよ。決して。悪いのは、犯人ただひとりなんだから」

 正確には、犯人とクレマンたちだ。イヴォンヌの事件を解決できていたら、今日のこの惨劇は起きなかった。クレマンは彼女の手を握りながら、心の中で謝罪をする。

「でも、いつもなら、あの子たちが夜泣きをすれば、あたし、起きるんです! 絶対に目が覚めるのに! どうして昨夜は……」

 夜泣きの一言に、クレマンは眉根を寄せた。確かにそうだ。診療所にやってくる子持ちの若い母親たちは、いつも目の下に隈をつくり、昼間でも眠そうにうつらうつらとしている。まして、孤児院にはたくさんの赤ん坊がいた。一人が泣けば、連鎖していくのは想像に難くない。この孤児院の壁は薄い。聞こえないはずがない。

65話

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