断頭台の友よ(8)

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十字架 ライト文芸

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7話

 もっとも、クレマンには人々の興奮など、関係なかった。怯え、逃げ惑うだけ。仮面の子供が生きるか死ぬか、見物人たちは賭けている。暴れる男に殴りつけられれば、か細いクレマンはひとたまりもない。処刑台から転落死する処刑人は、長い歴史の中でも、珍しいことではない。

 ぎりぎりと仮面をかぶった父が剣を引き続ける。血が流れ、すべて切り落とすまでもなく絶命しているのだが、父もまた興奮状態にあり、気づいていない。抵抗がなくなった男の首に向け、一気に剣を振りかぶった。

 子供が遊ぶ毬のように、それは跳ねた。中空を舞う。思わず手を出したクレマンの腕の中に、それは落ちてきた。

 男の首。恐怖と苦痛に見開かれた眼球は、意識が失われたことによって、ぐるりと逆を向く。その恐ろしい風貌に、クレマンの理性は限界を迎えた。

「あああああああ!!」

 大声で叫び、首を放り投げる。恐怖のあまりに、クレマンは小便を漏らした。おねしょもしない年齢になっていたが、羞恥などもはやない。人々は落下してきた生首に、阿鼻叫喚の騒ぎを引き起こした。上も下も大騒ぎの中、父はズボンをしとどに濡らしたクレマンを抱え、急ぎ馬車に乗せ、高等法院へと急いだ。

「そんなことでは、この崇高な使命は果たせんぞ!」

 控室に戻っていた父は、クレマンの股間を拭いて後始末をすると、新しい服に着替えさせる前に、うつ伏せにさせた息子の尻を平手で何度も打擲ちょうちゃくした。以降も、処刑台に上がるよう強制される度、クレマンは泣いて嫌がった。父は何度も言葉を尽くし、説得した。

「いいか、クレマン。我々の役目は、犯罪人を殺し、国を守ることだ。軍人と何ら変わらない。どころか、軍人が殺すのは無実の民だが、我々が殺すのは、悪人ばかり。しかも、軍人とは違い、たった一人でその役目を担っているのだ。誇りに思わなければならない」

 そう語る父を見上げるクレマンと、父の視線はかち合うことがなかった。父は虚空を見つめており、目を熱っぽく潤ませていた。夢想の世界を覗き込むような父の表情は、成長してからもクレマンの心の中に、疑念としてこびりついている。

 本当は、自分自身に言い聞かせていただけではないか。

 無辜の民を守り、秩序を築き上げるために、神は王に剣を授けた。王は自らその剣を行使することができないため、我々の一族に委ねた。光栄で、名誉ある職業を代々受け継いでいる。罪悪感など抱く必要はないのだ。

 本当に、そうだろうか。クレマンはずっと疑って生きてきた。

 高等法院の判事たちの判断は、いつも正しいのだろうか。重大犯罪については、国王が情報を精査して判断を下すのだが、奏上された情報の中に、ひとつも間違いはないのだろうか。現国王、アンリ三世の御代になってから、クレマンが剣を振るう回数がめっきり増えたが、それはどうしてか。

 処刑人が人を吊ったり切ったりして殺すことが善なる行いであるのなら、なぜ父は、毎晩眠り薬が手放せなかったのか……。

 今日出会った少年に、クレマンは羨望を抱いた。自分が処刑台に乗せられて小便を漏らしたのと同じ年頃の子供が、父の末路の一部始終を見届けていたこと、父を傷つけた処刑人であるクレマンに一矢報いたことを、彼に問いただしたかった。

 どうしてそこまで、父親のことを誇りに思うことができるのか。自分の信念に従った結果、妻子との暮らしを捨てたような男のことを、いつまでも敬愛できるのか。

 父や先祖のこと、自分の仕事について矜持を持つことができず、常に自分の正しさを疑うクレマンにとって、少年の態度は眩しく映ったのである。

9話

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