断頭台の友よ(80)

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79話

 院長だった男の死刑は、すぐに執行される。彼は貴族ではなかった。地方都市の地主の家に生まれ育ち、出稼ぎに王都にやってきて、そのまま住み着いた。だから斬首刑ではなく、絞首刑が妥当であったが、今回は事情が違った。

 クレマンが孤児院の殺人事件に関わっている間に、ギヨタンは新たな処刑具の試作品を完成させていた。死体を使った実験ではきちんと首を切断できたので、今度は実際の死刑囚を使っての実地試験である。その名誉ある役目に選ばれた院長であったが、彼の目は見慣れぬ器具を前に、おどおどしていた。

 さすがに失敗する可能性もある実験を、人前で行うわけにはいかない。新型処刑具はいまだ極秘裏に開発されている最中である。表立っては、絞首刑にした後、国民の前にさらし首にされることになっていた。

 黒衣のクレマンは、男を跪かせた。後ろ手に拘束しているものの、クレマンの細腕では男の抵抗を完全に封じきることができず、直属の下男たちによって取り押さえる。それから頭を台の上に固定する。

 ギヨタンは、処刑に立ち会った。これまで、マノンの処刑を含めて遠目で見たことはあっても、こんなに間近に人の首が飛ぶところを見るのは、初めてである彼は、見るからにそわそわしていた。しかし、彼の本質は学者なのであろう。探究心に燃える目を、自分の開発した器具で奪われる命にしっかりと向けていた。

 クレマンはといえば、不思議な感慨を抱いた。これまでに数多の命を刈り取ってきた正義の剣の出番は、今日はほとんどない。首ではなく、処刑具の刃を固定する縄を切るだけだ。人体を切断するのとは違い、なんと手応えのないことか。これが特別な役目であるとは、もはやクレマンには思えなかった。

 この器具があれば、処刑人は名誉と忌避を併せ持つ職業ではなくなるはずだ。その辺で嫌そうな顔をしている刑務官でも、縄をちょん切るくらいのことなら、果たせるだろう。首が実際に切り落とされるところを見たくないのなら、目をつぶっていてもたやすいのだ。

 数百年の呪縛から、子孫は逃れられるかもしれない。縄を切る瞬間、ブリジットのことを思った。僕たちの子供の世代からは、処刑人家系からははずれることができるかもしれない。クレマンは今すぐ帰宅して、愛しい妻を抱きたいという気持ちでいっぱいになった。

 初めての臨床実験は、結局失敗に終わった。男の首が太すぎた。というよりも、なかった。

 顎の肉がぶよりと垂れ下がっており、刃は食い込んで血が噴き出たものの、きれいに落ちることはなかった。失血死したあとの死体の首を掻き分け探して、剣で切断した。脂肪が邪魔をして、なかなか切ることができなかった。使った後の剣は、血と脂に塗れていて、早急に手入れが必要であった。

 ギヨタンは悔しそうな顔をした。目の前で人が殺されたことに対する嫌悪感よりも、次こそは、という使命感が上回っている。彼はさらさらと課題点を書き取ると、その場で新たな設計図のスケッチを始めた。

 予定どおりに男はさらし首となった。高い台に飾られていたが、腐った卵などを投げつけられて、当初の予定よりも短い時間にとどまった。

81話

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