断頭台の友よ(85)

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84話

 一週間後、産婆のところを二人で訪れた。経験豊富な中年の女性は、ブリジットの身体をよく観察し、聞き取りをし、妊娠を告げ、いくつもの注意事項を列挙した。クレマンはひとつひとつ詳しく掘り下げて尋ね、すべてメモを取った。

「こんなにしっかり聞いてくれるお父さんは、あまりいないね」

 褒めているのか呆れているのかわからぬ口調に、クレマンはいささか恥ずかしくなり、「これでも村の医療に関わっているので」と、言い訳をした。

 身体を冷やしてはいけない。食べ過ぎて、太りすぎてはいけない。逆に、食べないで痩せてしまうのはもっといけない。繕い仕事をしてはいけない。いけない、いけない、いけない。

 禁止事項が多く、クレマンは目眩を覚えたが、ブリジットは熱心にメモを読み、ぶつぶつ唱えていた。

「頑張りすぎないように」

 一生懸命な妻が愛しかった。微笑んで、「お腹の中の赤ちゃんが一番頑張っているんだから、私も頑張らなきゃ」と言う妻を抱き、口づけた。ほとんど初対面で結婚した妻とも蜜月は、そういえばなかったような気がする。今が最も幸せで、いつまでもくっついていたい気持ちになる。

 だが、そうも言ってられない。表向きは二つ、裏を含めて三つの職業を掛け持っているクレマンは、忙しい。首斬鬼の事件をある程度進展させなければならず、次の日は朝早くに、王都まで出かけた。

 西の孤児院の殺人事件は、解決した。赤の他人によるもので、模倣犯とすら呼べなかった。東の孤児院の乳児殺しは、首斬鬼のものか否か。クレマンは惨状を思い出して、胸を押さえた。父になるという意識が、子殺しへの忌避感をより一層強くしている。

 ブリジットとの間の子供がもしも殺されたら、自分は犯人を絶対に許せないだろう。処刑人としてではなく、私怨により首を刎ねるかもしれない。

 資料をぱらぱらとめくりながら、見落としている点がないかを探る。親がおらず、口もきけない赤ん坊にだって、ひとりひとり名前がついている。名前、名前か。生まれたら、なんてつけようか……。

 だめだ。

 クレマンは頬を両手で挟み、気を取り直す。自分の子供のことはおいておいて、今日は殺された乳児たちのことを考えなければ。

「……赤ん坊、か」

 開け放たれた窓から、風が強く吹き込んでくる。束ねていた紐を外していたために、突風に煽られて、資料がばさばさと落ちる。慌てて拾い集めて、順番に並べ直す。クレマンの手元には、東の孤児院の事件の資料と、自分が関与することになったきっかけである、イヴォンヌの事件の資料が握られている。

「イヴォンヌ!」

 思わず叫んだクレマンに、同じ部屋中の視線が集まる。すいません、と愛想笑いをする余裕すらなく、クレマンは荷物をひっつかんで退出する。

 確かめなければならなかった。

86話

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