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<89話
「何が仕方なかった、だ! 君は知っていただろう!?」
アリス殺しの犯人を捕まえるために協力をしてくれたクリスティンは、しっかり喋っていた。知能の遅れも見受けられなかった。喋りは幼く、肉体的な発達も平均より遅かったが、十分に健常であった。それがどうして、マイユ家に来たことで本当に心神喪失状態になるというのか。
オズヴァルトは決まり悪そうに俯いた。反論はひとつもなかった。三男である彼の立場は、この家の中では一番弱いものかもしれないが、療育院に入れる決断を支持する前に、自分に相談してしかるべきであると、クレマンは思った。
せっかく淹れてもらった高級茶だったが、クレマンはほとんど口をつけず、上着を手に席を立った。
「クレマン」
「もういい。クリスティンは、僕の家で引き取ることにする」
マイユ家ほどの財産はなく、贅沢な暮らしはしてやれない。子供のいない自分たちに、クリスティンの躾ができるかどうか自信はなかったし、何より国の制度が許可を出さなかったけれど、もう関係ない。
サンソン家で引き取り、本当にオズヴァルトの言ったとおりの症状にあるのなら、自宅療養させる。これでも医学の心得があるのだ。文句は言わせない。
「待てよ、クレマン。これから行ったところで、退院は無理だぞ!」
固い決意を秘めた目を見せられたオズヴァルトは、深い溜息をつきながら、クリスティンの退院手続きを請け負った。三日後、療育院の前で待ち合わせをすることにして、クレマンはマイユ家を出た。
ブリジットには、なんて説明をしたらいいのだろう。手紙にクリスティンの字がないことをしきりに気にしていた彼女だが、それでもマイユ家に見捨てられていたとは、思ってもいないだろう。
ショックを与えて、腹の子に影響があってはならない。
頭を悩ませるクレマンであったが、結局、ありのままを述べるしかなかった。ブリジットはクレマン同様に怒り、それから引き取る決意をした夫のことを褒め称えた。
「大丈夫。クリスティンは、この子の素敵なお姉ちゃんになってくれるわ」
腹を撫でる彼女の横顔は、すっかり母のものになっている。クリスティンを迎え入れるために何が必要かを話し合う時間は、マイユ家への失望を忘れさせる、とても楽しい時間であった。
しかし、クレマンたちの願いはまた、断ち切られることになる。
他でもない、首斬鬼によって。
>91話
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