断頭台の友よ(91)

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90話

 待ち合わせの療育院前に辿り着いたクレマンは、おかしな様子に顔を顰めた。

 行き慣れた牢獄にも似た、堅牢だが粗末な造りの建物は、時折入院患者が発狂して叫ぶ声が聞こえるものの、普段は静謐な環境である。働いている職員も、そう多くはない。

 だが、待ち合わせ十分前にやってきたクレマンの前で繰り広げられているのは、職員が血相をかえて飛び出し、どうすべきか指示を仰がねばならないのに、誰に聞けばいいのかわからない。混乱に苛立った怒声が響き渡っている。

 見るに見かねてクレマンは柵越しに、「いったいどうしたのですか」と、途方に暮れた様子の女性職員に声をかけた。彼女は初めてクレマンの存在に気づいたようで、目を丸くする。本当は部外者に口外するのも憚られることなのに、動転するあまりに口を滑らせる。

「入院患者が、死んでいて」

 末期の患者が集まる場所だから、冷たくなって発見される、というのは珍しいことでもなんでもない。だが、続いた彼女の言葉を、クレマンは無視できなかった。

「く、首を斬られていたみたいで……」

 首斬鬼のことを知らない王都人はいない。こんな場所に、いったいどうして、と頭を掻きむしり思い悩む女性に、クレマンは声を張り上げる。

「私は高等法院所属の捜査官です! 首斬鬼の調査にも携わっております! どうか入れてください!」

 身分を証明する記章を見せて名乗る。半信半疑ながら、この混乱をどうこうすることもできないと判断した女性は、独断でクレマンを入れた。人目につかないように、早足で事件現場へと移動する。

 療育院は、孤児院とは異なり、一人一人に狭いながらも個室が与えられている。そうしないと、患者同士の諍いが発生するためだった。見張りらしい屈強な男が立ちはだかっている部屋に案内される。

「この方は、高等法院所属の捜査官、サンソンさんです。入れてください」

 最初は躊躇していた男も、結局は何も方針を打ち出さない上の人間に愛想が尽きていたのだろう。最終的には、快くクレマンを通してくれた。

 部屋の中には、机と椅子、収納だんすとベッドしかなかった。クレマンの目を引いたのは、血塗れのベッドの上の小さな胴体ではなく、その横に並べられたぬいぐるみであった。犬なのか熊なのか聞きそびれ、最後までその正体がわからないままのぬいぐるみもまた、持ち主の鮮血に染まっている。

 クレマンは震える足を叱咤してよろよろとなんとか遺体に近づいた。そして、ベッドの下に落ちていた生首を拾い上げると、とうとう膝から崩れ落ちた。

92話

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