断頭台の友よ(94)

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93話

 深夜、というにはまだ早い時間であった。目を閉じたまま、数時間が経過していた。

 クレマンの寝室のドアが、音を立てた。わざと蝶番は錆びさせた。どんなに注意をしていても、ギギ、と不快な音がする。普通の侵入者は慌てるだろうが、「彼」は違う。クレマンがぐっすりと寝ついているということを、知っている。一瞬ぎくりと動きを止めたが、目的達成のために、ゆっくりと入ってくる。

 その手には、斧が握られているだろう。商売道具……といっては不敬になるが、処刑のときに使う剣は厳重に保管している。冬支度に薪割りをするときに使う斧を、納屋のわかりやすいところに放り込んでおいた。

 見つけてください、と言わんばかりに放置された凶器を警戒されるかと不安だったが、クレマンの間抜けさを愛している彼は、疑問を抱かなかった。

 首斬鬼は、自分が救済を施していると思っている。殺人は単純に生命を奪うのではなく、儀式である。だから、すぐに襲ってくることはなかった。ぶつぶつと聞こえるのは、祈りの言葉だろう。処刑前に聖職者が呼ばれ、罪を洗い流すために聖句を唱えるのと同じだろうが、彼の信じる神はどうも、クレマンが信じる神とは違うらしい。

 祈りが終わると、いよいよ彼なりの処刑の時間である。いつも首を斬るときに使う得物とは勝手が違う。剣については素人の彼が使うとなれば、それは軽くて誰もが扱えるようになっているはずだ。斧は重く、慣れていないと振りかぶるときによろめく。薄目を開けたクレマンは、そっと忍ばせた爆弾を、寝返りを打ったのに合わせて掴む。

 まだ。まだだ。あと少し。

 小柄で痩せ型のクレマンとて、成人男性だ。その首を斬るためには、体重をかけなければならず、予想通り大きく振りかぶる。薪割りなど自分ですることのない男は、あまりの重さにバランスを崩し、よろめいた。

 今だ。

 カッと目を開き、クレマンは爆弾を投げつけた。重い斧のせいで動きが取れない首斬鬼は、まともに眼球に食らった。月の明るい日を選んだし、カーテンも取っ払っていた。それに、ずっと目を閉じていたクレマンの方が、夜目がきく。

「う、あああ……!?」

 眠っているとばかり思っていたクレマンが、突然起き上がって自分に攻撃してきたことに思考が止まっている。目を押さえて呻き声をあげ、信じられないものを見るように、立ち上がったクレマンを見上げてくる。

「く、クレマン……?」

 クレマンは彼を招き入れる前に、同僚の捜査官たちを付近に待機させていた。灯りをつけると、すぐにやってくる。

 友人の部屋に凶器を持って忍び入ってきたことに、言い逃れはできない。

 クレマンは、親友だった男を冷たく見下ろした。

「オズヴァルト。僕に眠り薬は効かないんだ。僕自身が調合した薬は特に」

 首斬鬼が使用していた眠り薬は、クレマンが彼専用に作っていたものと同じだ。寝汗を止めるための柑橘を多く含む薬は、酸っぱく苦い。

「オズヴァルト・マイユ。いや、首斬鬼。お前を捕縛する」

 クレマンの宣言とともに、いまだに目に受けたダメージから回復していないオズヴァルトは、捜査官たちに縛り上げられ、連れていかれた。

95話

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