函館駅前おしゃべりランチへようこそ 第二話④

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<第二話③

 定時の十分過ぎに、カフェの前に現れた陽太の頬は、わずかに赤い。

 そんなに一生懸命に仕事を終わらせて、走って来なくてもよかったのに。私がそういうと、「いや、そうじゃなくて……や、それもあるけど」と、ごにょごにょと彼は、言葉を濁した。高校時代に比べると、ずいぶんしっかり喋るようになった彼だが、ふとした瞬間に、シャイな少年が顔を見せる。

 どこに行きたいかと言われて、「あんまり静かな場所は、嫌だな」と応えた。自分の中にわだかまったものを吐き出すのに、例えば「月虹」みたいなバーは向かない。ああいう場所は自分の世界に浸りたいときに行く場所であり、溺れそうな今の自分が行けば、完全に沈没してしまう。

 陽太はちょっとだけ考えて、「そんなきれいな服で行くような店じゃないかもしれないけど」と、チェーンの居酒屋に連れていってくれた。

 中は騒がしいが、それでも金曜や土曜、休前日よりはマシだろう。簡単に仕切られた店内には、子どもの声がする座席もある。夕飯を居酒屋で済ませるニーズもあるのだ。オフィス近くの繁華街の飲み屋しか行ったことがなかったので、東京ではあまり見かけなかった光景だ。

「ちょっとうるさすぎるかな」
「ううん。このくらい明るい方が、ホッとするよ」

 紛れもない本心だったが、陽太は気を遣っていると思ったかもしれない。私の服をじっと見て、「やっぱりもうちょっと、いい店の方がよかったかなあ」と、呟いている。

 そういえば、陽太といるときって、最初こそバイトの面接帰りだったから、白いブラウスに黒のパンツという、ある程度カチッとした格好だったけど、その後はずっと、普段着の延長線だった。家に呼んだときだって、ほとんどすっぴんだし、店で会うときも同じく。

 いまさらながらに、「高校の同級生が来るから」と、それが男だと知ったときの母が、「あんたその格好でいいの……?」と、心配していた意味を知った。

 なんだか改めて可愛い格好で会うと恥ずかしくなる。慌てて、

「これ? 普段着……とは言わないけれど、東京では仕事に行くときに着てた服だから、そんなに大げさなドレスアップってもんじゃないの。久々に着たからさ、ちょっと体型とかも変わっちゃってて、化粧もちゃんとしたの久しぶりだし、あんまり似合ってないかもしれないね。ほんと、気にしないで。もうたぶん、着ることないと思うから!」

 税理士先生に、じろじろと観察されたことを思い出す。たぶん、似合っていなかったせいだ。おかしいな。きちんと試着して、悩みに悩んで買って、お気に入りで何度も着ていた。同僚にも、「それ、いいね」と、褒めてもらっていたはずなのにな。

 ぎゅっと強く握りしめすぎたせいで、手が震えていた。ほどいても、しばらく止まらなかった。みっともないし、陽太が不審に思うだろう。だから隠してしまおうとしたその手を、彼はぎゅっと握った。

 あったかくて、たぶん私ほどではないけれど、緊張で震える手。大きくて、大人の男の節ばった彼の両手によって、私は次第に落ち着いていく。

「何があったの? 話してほしい。俺たち、その、と、友達でしょう?」

 ただの友達が、居酒屋で手を握ったりするかな。しないよなあ、と思うと、なんだかおかしくなって、今まで彼に話してこなかったこと、全部この際だからぶちまけてやることにした。

 こっちに戻ってきたのは、同郷の、ずっと親友だと思っていた子に、婚約者を奪われたからだということ。そのときに言われた、彼とのデートや電話、いつもの私を全部否定する言葉。そしてこの間、お客さんを怒らせたことで、やっぱり私のおしゃべりが全部悪いんじゃないかって怖くなったこと。

 彼の手のひらから伝わってくる。陽太は私の話を黙って聞きながら、時折ぎゅっと強く握る。私が傷ついたところでそうするものだから、彼も憤っているのだとわかる。この人は、私のことを理解してくれると思うと心強く、私は不安を吐露した。

「マスターもそうだけど、陽太だって、本当はそんなに口数が多い方じゃなかったじゃない? だから、あのお客さんや元カレみたいに、私のことうるさい女だと思って、いつか嫌いになっちゃうんじゃないかって……」

 ぽろっと零した弱音。私の大切な場所を作るために一生懸命に考えてくれた陽太と、店を貸してくれているマスター。この兄弟にまで、私の多弁に呆れられたら、嫌だった。

「そんなこと、絶対にない!」

 力強く、陽太は言い切った。なのにそのすぐあとで、眉を下げた困り顔で、「いや、兄貴が本当はどう思ってるかはわかんないけど、少なくとも、俺は」と、付け足すものだから笑ってしまった。本当にこの兄弟は。優しくて誠実で、ちょっとずれている。

「その、俺はさ、雨宮さんのおしゃべりに、救われた人間だからさ……」

 頬に熱を集中させたまま、陽太が言った。

「救われた?」

 そんな御大層なこと、私には一切記憶がない。首を傾げる私に、「そうだよ、あのとき……」と、思い出話をしようとした彼のお腹が、先に騒ぎ出した。

 本格的に真っ赤になった陽太に、「まずは注文して、食べながら話そうよ」と言うと、ようやく彼の手は離れていき、注文用のタブレットに伸びた。

 それがほんの少しだけ、寂しい気がしたのは、なんでだろう。

>第二話⑤

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