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<10話
以来、祥郎は飛鳥に合わせる顔がない。
とはいえ、祥郎は寮長だ。寮生である飛鳥のことをまるきり無視することはできないし、周囲から突っ込まれたときに、なんと言い訳をすればいいのか、思いつかない。
「先輩」
食堂で、談話室で、あるいはたまたま玄関先で出くわしたとき、飛鳥はいつもと同じ調子で声をかけてきた。
(今までと同じ……だと思う)
激しい疲労感を覚えて、ベッドの上に寝転んだ。
飛鳥と会うとき、祥郎は彼の顔をまともに見ていない。「先輩」と口にした唇が、どんな形を作っているのか、どんな目でこちらを見ているのかを、知るのが怖かった。
前回の件を説明すれば、飛鳥も「なんだ。先輩も溜まってるんですね」くらいで流してくれるかもしれない。
本当に溜まっているだけならば、扱き合うところまででおしまいだ。だが、祥郎は、飛鳥のことを組み伏せ、抱きたい。もっと言えば、犯してしまいたい。
奥深いところまで自分自身を没入させ、揺さぶり、劣情をその場で破裂させたい。
そんな風に祥郎が自分のことを見ていると知ったら。
(時任は、俺に幻滅する)
宝石のようにきれいな目が、軽蔑の色に染まるとき、もう彼は、祥郎と視線を合わせようともしないだろう。
飛鳥の一番の先輩でいたい祥郎にとって、それが一番辛いことであった。
ごろんと寝返りを打ち、枕に顔を押しつけた。息を吸い込んでも、自分の汗の臭いがするだけで、飛鳥の残り香は感じ取れなかった。
しばらくぼんやりと寝転がっていると、ドアがノックされた。
「はい」
一瞬、飛鳥がやってきたのかと思ったが、彼の控えめなノックとは違い、豪快な音を立てていた。
起き上がってから入室を許可すると、案の定入ってきたのは、違う後輩だった。
「先輩。今度のバーベキューなんすけど……」
祥郎は頭を切り替える。そうだ、もうそんな時期だ。
七月の終わりには、どこの大学もテストが終了し、夏期休暇に入る。その前には恒例イベントのバーベキュー大会があるのだ。
寮長の主催ではあるが、当然一人で準備ができるはずもなく、何人かに手伝ってもらう。後輩は、そのうちの一人だ。
バーベキュー当日の予定を真面目に検討し、話し合っていると、不意になんともいえない視線を感じた。
「……なんだ? どうした?」
「あ、いえ。坂城先輩なんだか、周りが見えてないというか……調子悪そうだったんで。でも、もう大丈夫そうですね。安心して、バーベキュー大会の進行をお任せできます」
後輩の言いたいことを察して、祥郎はショックを受けた。
(周りが見えていない、か)
わざわざそう言ったのは、祥郎が飛鳥との一件で心を揺らしていることを感じ取ったからだろう。
そして、そんな風に特定の寮生ばかりをかまう寮長に、ささやかな不信感すら抱いていた。
(寮長失格、か)
目の前の後輩だけではなく、おそらく他にも、祥郎の様子がおかしいと思っていた寮生はいるだろう。
次の寮長にバトンを渡すまでの間、祥郎は問題を起こさずに、仕事をまっとうしなければならない。
飛鳥のことを避けたり、必要以上に構ったりすることは、寮内の和を乱すことに繋がるのだということを、自覚した。
飛鳥の手を離さなければならない。
ただの先輩と後輩の関係に戻ることは不可能かもしれないが、少なくともベッドを共にするような関係は、解消すべきだ。
(それが時任のためだし、俺のためでもある)
きちんとけじめをつけるためにも、飛鳥と話をしなければならない。
祥郎は頬を叩き、気合いを入れた。
「俺、頑張るから。手伝ってくれるか?」
後輩は信頼を目に浮かべて、「はい」と笑った。
>12話
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