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自分の手や顔を拭いて、飛鳥の下肢も丁寧に清めた後、祥郎の身を焼いたのは、罪悪感だった。
(やばいって……どう考えても、やりすぎだって……)
熱が冷め、自分の行動をよく振り返れば、勃起不良の改善を手伝う、という領域は超えていた。
目を覚ましたとき、飛鳥はどんな反応を示すだろう。
烈火のごとく怒るか。あるいは、怯えた目をして震えるか。
いずれにせよ、祥郎には二度と、心を開かないだろう。
蔑んだ目を向け、睨みつけられることを考えると、胸がぎゅっと苦しくなる。
この場から逃げてしまおうか。そうすれば、飛鳥に責められることを、先送りにできる。
(でも)
飛鳥の顔を覗き込んだ。健やかな息を立てる彼の頬は、ふっくらと赤みがさし、赤ん坊のようにピュアだ。
これからも寮内で、祥郎は飛鳥と顔を合わせる機会は多い。その度に回れ右をするのは、非現実的だ。
それに祥郎は、せっかく飛鳥と交流できたのだから、これっきりにはしたくない。
(とりあえず、謝ろう。うん)
許してもらえなかったときに、次の手を考えよう。
そう決意した途端、ベッドに寝かせた飛鳥の唇から、「うう……」という呻き声が漏れ、ゆっくりと瞼が開いた。
慌てて祥郎は、床の上に正座をすると、古式ゆかしいスタイルでの謝罪、すなわち土下座を決めた。
「す、すまなかった。その、無理矢理やったみたいになって」
頭は下げたままだ。寝顔は凝視できたが、飛鳥が今、どんな顔をしているのかを確認するのは怖い。
「あの……顔、上げてください」
そう告げる声は、怒っていない。祥郎はゆっくりと土下座を解き、顔を上げた。
いつの間にかベッドに腰かける体勢になっていた飛鳥と、ばっちり目が合う。
「大丈夫ですよ、僕は。坂城先輩のおかげで、その、勃ちましたし」
「でも、あそこまでする必要はなかった」
飛鳥は首を横に振る。
「いいえ。ああでもしなければ、僕は一生、男としての自信を得ることはできませんでした。ありがとうございました」
礼儀正しく頭を下げた彼の肩が、ぴくぴくと震えている。不審に思って、祥郎が「おい」と手を伸ばすと、飛鳥は弾かれたように、声を上げて笑った。
「先輩、眉毛がしょげてますよ。実家の犬みたい」
カラカラと初夏の空に似た声。遮るもののない目は、面白くて仕方がないと言っている。年相応の青年の明るい笑顔に、祥郎は魅了された。
「眼鏡」
ぽつりと零した祥郎の一言を拾えずに、飛鳥は「はい?」と聞き返す。彼の手を両手で握り、祥郎は意気込んだ。
「眼鏡! 眼鏡買いに行こう! あんな重いフレームの眼鏡じゃ、お前の表情が見えなくて、勿体ないって」
自分から話すのが無理なら、聞き上手になればいい。にこにこ笑って、絶妙なタイミングで合の手を入れるのだ。
目は口ほどに物を言う。あんな眼鏡で隠していては、表情の効果も半減する。
「あ、あと服も買いに行きたいし、美容院にも行こう。次の週末、暇?」
眼鏡を変えるだけでは満足せず、祥郎はついでに、飛鳥を都会の大学生に変身させようと思って勢い込んだ。
目を白黒させた飛鳥に、祥郎は「しまった」と思う。いくらなんでも、焦りすぎだ。案の定、飛鳥は沈黙している。
「えっと、嫌なら……いいんだけど」
「変な人ですね。坂城先輩って」
そう言いつつも、早口の祥郎を馬鹿にするでもなく、呆れたものでもない。ただ、穏やかな笑みを唇に浮かべている。
「いいですよ。でも僕、あんまりファッションとか詳しくないんで、先輩にお任せしますね」
信頼と期待に満ちた眼差しに、祥郎は頭の中で、週末のスケジュールを練り始めた。
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