右手じゃ足りない(9)

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8話

 昭島は宣言通り、飛鳥にちょっかいを出し始めた。

 飛鳥は基本的にインドア派で、大学に通う以外は、ほとんど寮内で過ごしている。普段寮で見かけることの少ない昭島が、飛鳥と会話をするためだけに、毎晩帰寮しているのだった。

 朝食時に食堂にいる姿など初めて見た。後輩たちは昭島を目に入れては、まだ夢の中にいるのではないか、と疑っているほどだった。

「おはよう、時任。ここ座ってもいいかな?」

 朝の爽やかさにはそぐわない、濃い誘惑の気配をまとった声音で、昭島は話しかける。

 飛鳥はちらりと上目遣いに、昭島を一瞬だけ見た。それからぱっと視線を逸らすと、「……どうぞ」と小さな声で了承した。人見知りが再発したかのような対応である。

 祥郎は、少し離れた席から飛鳥を見守った。はらはらしていたが、どうやら杞憂であるらしい。

 祥郎からは背中しか見えない昭島は、身振り手振りを交えて、飛鳥とのトークを試みる。だが、彼に応対する飛鳥の表情は、緊張のためか、少し引きつっている。

「はぁ……」

 気のない返事をしているのは、おそらく昭島の人物評によるものだろう。

 写真集の件は、ストレスで追い詰められたための行動であったが、そもそも飛鳥は、ふらふら遊んでばかりの昭島に、いい印象は抱いていない。

 今までまともに会話したことがなくとも、昭島の噂は耳に入ってくる。遊び人である彼が、自分に何の用なのかと警戒しているのだ。

 この分ならば、ずっと見張っていなくても大丈夫だろう。祥郎が胸を撫でおろした、そのときだった。

 昭島が身を乗り出した。飛鳥の顔の大部分が隠れる。

 何事かを囁いた昭島の息がくすぐったかったのだろうか。飛鳥はびくりと身体を震わせ、そんな己の反応を恥じて、耳を赤く染めたのが、祥郎にもわかった。

 昭島が肩を揺らし、笑っている。そのまま手を伸ばして、飛鳥の真っ直ぐな黒髪を愛でるように撫でた。

 よけるかと思ったのに、飛鳥はしなかった。昭島の手を受け入れている彼の表情はこちらからは見えないが、嫌だったら飛鳥の性格上、勢いよく振り払っているに違いない。

 自分以外の人間を受け入れているのを見て、胸に不快なものがこみあげてくる。なんだか急に息苦しくなって、祥郎はこっそりと、息を吐いた。

 眼前では、昭島が席を立ち、下膳して食堂を出ていこうとしている。

 ようやく見えた飛鳥の顔は、眼鏡の奥でわかりづらいが、特に嫌悪感で歪んでいるということはなさそうだ。

 信じられない気持ちで凝視していると、飛鳥が祥郎の視線に気がついた。彼が明るい表情を浮かべたので、すっと気持ちが軽くなった。

 手を振って飛鳥に応えると、彼はさっさと下膳を済ませ、祥郎の元へとやってきた。

「せんぱい」

 隣の席に座った飛鳥に、袖を引かれた。甘え声に、祥郎は身構える。

 掴んだ腕に不自然に力がこもったのを感じたのだろう。飛鳥は怪訝な表情を浮かべて、「せんぱい?」と再び、上目遣いで祥郎を見つめる。

「ああ、いや。なんでもない」

 肩の力を抜いて、祥郎は飛鳥の言葉を待った。本当は、彼が何を言いたいのかを正確に察している。

 でも、自分から提案するのは違う。まるで、自分の方が飛鳥との行為に溺れているみたいじゃないか。

 もじもじしているのは、ポーズだけだ。週に一度、必ず飛鳥は、祥郎の部屋を訪れる。我慢のきかなくなった肉体は、快楽を求めて疼く。

 こんなことで、夏休みはどうするのだろう。

 寮は盆の期間には閉鎖される。首都圏にいる親戚の家に行く、というのもアリだが、基本的には実家に帰省する。祥郎もだし、確認はしていないが、飛鳥も同じだろう。

 姉妹たちのいる家で、飛鳥は何もできずに、熱を持て余す。七月に入り、お誘いが週二回に増えたのは、今のうちに発散させておこうという腹なのだろう。

 今も、潤んだ瞳を祥郎に向けている。ぐっと祥郎は拳を握った。

 もしも飛鳥が、昭島をこんな目で見つめていたら、祥郎は、昭島を殴るだろう。

「今夜、部屋に行ってもいいですか?」

 小さな声は、祥郎の耳だけを心地よくくすぐる。ダメ、と言われることは考えていない顔だ。そして勿論、祥郎が飛鳥を拒絶することはない。

「いいぞ。……日付が変わる頃にな」

 表情を変えずに、祥郎は囁く。周囲にばれてはいけない。

 頼れる先輩の顔を崩さない祥郎に対して、飛鳥はふにゃふにゃに蕩けた笑顔で、頷いた。

10話

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