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エルフの国へ行くのは、リッカの他に七人の年若い、番のいないオメガたちと決まった。
十四から十六の、妊娠・出産に適した年齢の少年たちには、リッカが直接告げに行った。
家族で暮らしている者もいれば、国の援助を受けて共同生活を送っている者もいる。彼らは皆、喜びと不安でない交ぜになった表情を浮かべて、恭しく令状を受け取った。
オメガにとっての至上の喜びは、アルファと番い、子孫を繁栄させることである。子どもの中に、オメガやアルファ因子を持つ者が産まれれば、なおよい。
待ちに待った機会に恵まれたのは嬉しいことだが、エルフの国に嫁いだ前例はない。彼らは先日の舞踏会にはいなかったが、列席していたオメガ族がひどく侮辱されたことは噂で聞いていた。自分たちがどんな風に扱われるのか、怖がるのも仕方がない。
「エルフの国って、どんなところなんでしょうね」
初めての嫁取りということもあり、今回は王族のアルファ因子を持つ者と番わなければならない。そのため、オメガ王族からも派遣することになっていた。
白羽の矢が立ったのは、アンジュだ。
弟は十五で、適齢期だ。虎や獅子の獣人族との縁談が持ち込まれていたが、母王はすべて断っていた。おそらく、エルフが動くという算段がその時点であったのだろう。
オメガ国防衛のために雇っている傭兵たち(無論、アルファ因子を持たない)の中には、獣人族も多い。アンジュは彼らの鍛錬に混ざり、汗を流すのが日課であった。
リッカが手渡したタオルで顔や首筋を拭きつつ、「向こうでも、こうやって運動する時間があるだろうか」と、不安そうにしている。
「エルフの国は、広大な森の中にあるそうだよ。ほら、お前の好きなクルミもたくさん取れるらしいから、一緒に取りに行こう」
寝ていた彼の猫耳が、ピンと立つ。同じく垂れていた尻尾も。目を驚きと喜びに輝かせ、アンジュはリッカに飛びついた。
「リッカ兄上も、一緒に行かれるのですかっ?」
オメガの王族としての責務に押しつぶされそうな顔が、兄からの愛情を信じてやまない可愛い弟の顔に変じるものだから、リッカも思わず笑った。彼の頭を撫でてやると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
「もちろん。お前ひとりで、エルフの国への旅を引率するのは不安だろう?」
「やった! 兄上と一緒だ!」
途端に、向こうに着いたらあれもしたい、これもしたいと好奇心一杯に語り始めるものだから、リッカは一度、アンジュを止めた。
「アンジュ。わかっているとは思うけれど、遊びに行くのではないからね」
自由奔放なのは弟の魅力のひとつだが、いつまでも子どもでいさせてやることはできない。
アンジュはほんのわずかに唇を尖らせた。それからすぐに、王族としての真面目な顔になる。
「わかってますよ。それに、もしかしたらそのひとが、僕の運命の番かもしれない」
運命の番。
オメガの一族の間で、古くから信じられている伝説だ。一目見た瞬間から惹かれ合い、愛し合うと定められている相手。そのアルファを手にしたオメガは、無上の幸福を死ぬまで享受できるという。
無論、おとぎ話の類いに過ぎない。リッカは一度たりとも、運命の番が見つかったという話を聞かない。
そもそも「無上の幸福」とはなんなのか。曖昧なことを言って夢を見させるだけの、おためごかしではないか。
それでも、弟の言葉を否定しなかったのは、「運命の番」という単語を出すことで、彼が自分自身を鼓舞しようとしているのが、伝わったからだ。
「そうだね」
ふと、夕焼け色の目をしたエドアールのことを思い出した。彼に手を引かれてたどたどしく踊った、ダンスのことも。
何度足を踏んでも、エドアールは笑って許した。リッカに恥をかかせないよう、巧みにリードしてくれた。
アルファ因子を持つ者がすべて、善良ではない。国内では、横暴な番から逃げてくるオメガも、ちらほらいた。「嫁ぐならこんなひとがいい」「こういうのはやめておけ」と、あれこれアドバイスをしてくる傷ついたオメガ。
彼らの言う理想のアルファとは、ああいう男のことを言うのではないかと、リッカですら思った。
そういえば、アンジュはあの日、すぐに退席してしまっていたから、エドアールとはまともに顔を合わせていない。
もしもあの人が、弟の番になってくれたら。
リッカはそんな風に考えて、アンジュの元を離れた。
「どこへ?」
「騎士団の人と、エルフ国へ向かう旅についての相談さ」
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