オメガに説く幸福論(21)

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(20)

 番となったリッカとエドアールを邪魔するものは、もはやなかった。念のために次の発情期を待ち、他のアルファにリッカのフェロモンが感じられないことを確認したうえで、オメガの国への移住をした。

 とっくに春が過ぎ、季節は初夏の様相を呈していた。

 別れの挨拶を告げに、クロード王に謁見をしたふたりに、彼はにこりとも笑わずに、「どこへでも行くがよい……エドアール。お前には、それだけの力が備わっている」と言った。リッカには、「リッカ殿下。不肖の弟ではあるが、よろしく頼む」と、軽くだが頭を下げた。

 もしかしたらこのひとは、単に自分とは姿かたちが異なる弟への接し方がわからなかっただけなのかもしれない、と思った。なんと言葉をかけていいのか迷っているうちに、どんどん無表情になり、何も言えなくなってしまったのだ。

「ええ、任されました」

 面食らったリッカだが、すぐに笑って応じた。

 そしてオメガの国へ渡ると、出産を終え、また一段と弱り果てた母と再会した。

 最初の結婚で失敗したことが、それほどまでに傷になっていたのかと泣き、フェロモン不全が治り、番を連れ帰ったことに対してまた泣いた。

 母はこんなに小さかっただろうか、弱かっただろうかと、リッカも彼に抱きついて涙を流した。

 以来、リッカは子育てに忙しい母や兄の分まで政務を担い、毎日忙しくしている。先に戻っていたアンジュも、「結婚は当分いいや!」と、リッカの手伝いや弟と甥の世話に明け暮れている。

 たいていのオメガは、アルファと番ったその瞬間に子を孕むものだが、リッカにその兆候はない。リッカだけでなく、エルフと番った者たち全員、まだ子を宿したという知らせはなかった。

 隻腕となったエドアールには、オメガ国についてすぐに義手を作った。この国に亡命してきた技術者、そして望んで彼の助手になった者は皆凝り性で、「リッカ殿下の番であれば、下手なものは作れない!」と、並々ならぬ気合いで臨んでいる。結果、いまだ試作品しか出来ていないのは少々時間がかかりすぎではあるが……今のところ、片腕でもエドアールは支障ないと笑っているので、いいか。

 傭兵たちの訓練をする傍ら、エドアールはエルフの国や他の国の重鎮たちと密に連絡を取り合っていた。

 そしてようやく義手が出来上がる頃、彼はリッカたちオメガ王族の前で、自身の立てた仮説を披露する。

「オメガ族が著しく短命なのは、妊娠・出産を短期間に繰り返しているからだと思われます」

 そう言って取り出した資料を、母を中心に目を通して、続きを話すエドアールを見る。

「そこにあるように、エルフ以外の長命種と呼ばれる種族……ドワーフや竜人族などですが、こちらに嫁いでいったオメガたちは、人間族と同じくらいの寿命を保っているようなのです」

 エルフをはじめとした長命種は、焦って子孫を残す必要がない。そのため最初の子が出来るのも遅いし、兄弟が産まれることはめったにない。発情期に性を交わしたとしても、確実に妊娠するわけでないのは、リッカが証明している。

 対して人間族や獣人族など、比較的早くに寿命が来る種族は、短期間にたくさんの子孫を残そうとする。ひとり産んだ翌年にまた産んで、年子の子だくさんが当たり前だ。子どもの世話に明け暮れながら、赤ん坊に授乳をし、さらに次の子を腹に宿す。

 よく考えれば命が縮むのも当たり前なのだが、そうする義務を負っていたオメガ王族の母は、毎年子を産んでいた。十四の年からずっとである。

 アルファ因子を持つ子どもを産み、オメガの王子も三人産まれた。先日産まれたばかりの子は、どちらの性別でもなさそうだったので、父親の国に送ることになりそうだ。

「番になったからといって、発情期に薬を飲まずにまぐわっていたら、子が必ずできます。妊娠には一定の間隔が必要です」

 抑制剤が嫌ならば、性交後に飲む避妊薬の開発を急ぐべきでしょう、と提案するエドアールの言葉に、突然母が泣き出すものだから、三兄弟はぎょっとした。

「は、母上。大丈夫ですか?」

 わぁわぁと慰める息子たちを、母は全員まとめてぎゅっと抱き締めようとする。当然腕は足りていないが、抱かれているとリッカは思った。

 誰よりも優しく強い、母の愛に守られてきた。

「よかった……オメガの同胞が、可愛い息子のお前たちが、長く幸せに過ごせるようになるのなら、こんなに幸せなことはない……!」

「……母様ッ!」

 アンジュが泣きながら、母にしがみつく。母の言葉の中に、自身は含まれていない。

 今を生きる若いオメガ、そしてこれから産まれるオメガたちの幸福だけを案じて、彼は安堵の涙を零す。

 その様があまりにも美しく、あまりにも悲しく、リッカもまた、静かに泣くのだった。

「もう、母上には出産は諦めてもらわないと……」

 すんすんと鼻を鳴らし、エドアールに伴われて自分の執務室へとリッカは戻る。すでに来年の予定どころか再来年の打診まで来ていたが、兄の分も父の分も、交渉して潰す気でいる。

 そもそもオメガ王だけが、愛するアルファと番になれないなんて馬鹿げていると、リッカは思った。自分がちゃんとしたオメガだったら、兄や母と代わってあげたいと思っていたけれど、この国の在り方がもともとおかしいのだと、気がついた。

 そんな風に思えるのも、エドアールが隣で支えていてくれるからだ。

 ちらりと見上げれば、優しい顔で見下ろして、リッカのやりたいようにやればいいと微笑むアルファがいる。

 ――僕の、僕だけのアルファだ。

 かつて諦めていた、オメガの幸福。アルファと結ばれ、子どもを作り育てるのが、平凡だけど最上の生き方なのだと思わされていた。

 今は、それだけがすべてじゃないと言える。

 エドアールがもしもアルファ因子を持たなかったらどうだろうと、リッカは時々想像してみる。

 自分は彼に特に惹かれず、なんとも思わなかっただろうか。答えは否だ。

 オメガの役割という鎖からリッカを解き放ってくれた、誠実な男に惚れず、誰に操を捧げられただろう。

 オメガの幸福なんてものは後付けで、愛し愛される喜びを得る機会に恵まれたこと、そのものが僥倖であると知る。

 アルファもオメガも関係ないと、エドアールは、頑なに自分を卑下するリッカに何度も言って聞かせた。

 ようやくリッカは、過去の自分を受け入れ、愛することができるような気がした。

 リッカはエドアールにそっと寄り添う。本当は右に立ち、腕を組みたいところであったが、彼の本質は騎士だ。剣を取る手を開けておかなければならない。

「どうした?」

 髪の毛に優しいキスが降ってくるのを感じながら、リッカは笑う。

「僕としては、早く子どもが欲しいところですけども。ねぇ、エドアール様?」

 寿命は伸びたとはいえ、リッカはまだ、普通のオメガ族の感覚が抜けない。弟も甥も可愛くて、自分とエドアールの間の子を想像してしまうのだ。

 真昼間から夜の行為を匂わせるリッカに、エドアールは咳払いをする。

「……次の発情期は?」

 囁かれ、リッカは彼の耳に、ぽそりと答えるのであった。

(了)

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