オメガに説く幸福論(7)

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(6)

 エルフという生き物の優雅さ、美しさとは対照的に、彼らの家は、どこか朴訥としていた。それは王城であっても同様で、森の民ではないリッカも、なぜか懐かしさを感じた。

 自然との調和が、エルフの求める最良の生き方なのだと、エドアールは語った。魔法を使えるから、力が強いから、どんな生き物よりも長寿だからといって、自然を自分たちの思うがままに利用し、形を変えることはよくないという価値観によって、生活が行われている。

 大風、大雨、地震に洪水。自然が文明に牙を剥くとき、エルフは家を簡単に捨てる。捨てられるように、作っている。人工物に固執するなと教育を受ける。

 王族が暮らし、政治を行う場所だが、小国の故郷と比べても、質素なものである。きょろきょろと辺りを見回していたリッカに、エドアールはくすりと笑った。

「兄上は優しい方だから、そう不安になる必要はない」

 別に緊張しているわけではない。辺りを見回すのには、理由がある。だが、そう思わせていた方が、何かと都合がいい気がして、リッカは小さく、肩を竦めた。

 謁見の間まではエドアールが先導してくれたが、いよいよ呼ばれて入室するという段階になって、騎士団の急務で呼ばれてしまった。呼びに来た団員とリッカの顔を交互に見やり、彼が口を開こうとしたその瞬間、「エドアール様。行ってください。ご挨拶なら、私ひとりでできます」

と、リッカは先手を取った。

 そうでもしないと、彼はこの場を動かない。エドアールでなければ対処できない事態であれば、どうするのか。

 じっと見つめる赤い目から視線を逸らさずに頷くと、彼は深々、溜息をつく。

「いいか。すぐに戻るからな!」

 念入りに言い置いて走り去るエドアールの背に、リッカはひらひらと手を振った。

「……さて」

 ここからが正念場だ。小柄なオメガ族からすると、馬鹿みたいに大きな扉の前でひとり、開くのを待つ。

 エルフの王が、弟のエドアールのような好人物である確率は、どのくらいだろう。

 一応考えてはみるものの、答えはゼロ。限りなく、ゼロだ。

 オメガ国に来たとき、エドアールは王からの書状を携えていなかった。すべて弟任せだった。

 他国の王はきちんと礼を尽くしてオメガ王族に接するというのに、軽んじられている。兄のカイリは腹の子に障るくらい、憤慨していた。

 待てど暮らせど開かない扉に、だんだんと焦れてきた。生来、気が長い方ではない。兄弟たちがよほど過激なことをやり出すので、比較的穏やかに見られているけれども。気の弱いオメガなど、存在しないというのが、リッカの持論である。

 アルファの夫を尻に敷き、教育する。周囲のアルファ因子を持たぬ者たちも。今後産まれるオメガが、不利益を被らないように。そうやって、オメガは母として、強くなっていった。

 いっそのこと、こちらからノックしてずかずかと入っていってやろうか。ただ、それをやったらおしまいだ。友好関係は築けない。

 そんな風に考えていたら、ようやっと、扉が開いた。

 リッカは深く礼をした。一、二、三。ゆっくり数えてから、顔を上げる。

 中央の椅子には、金の冠を戴いた王がいた。

 エドアールの長兄、シャルル。

 さっと視線を右に向けると、二番目と三番目の兄。クロードと、ベルジャン。

 左側には宰相をはじめとした側近たちが、ずらり並んでいる。

 見渡す限り、金髪に白い肌、青い瞳を持つエルフしかいない。どうやら身分の高いダークエルフは、希少な性質らしかった。

 居並ぶエルフの中、アルファになることができるのは、シャルル王くらいのものであった。他ふたりの王弟たちからは、何も感じられない。

 リッカの最初の仕事は、アルファ因子を持つ者かどうかの検分だ。身分の貴賤にかかわらず、全員確認する。その作業について、エルフ側の協力をこの場で取りつけておきたい。

 そう思いながら口を開きかけたところ、

「なんだ。地味だな」

 シャルル王からかけられた第一声は、それだった。

 リッカは固まる。かろうじて、表情だけは真顔を保った。

 シャルルは椅子の肘掛けにもたれ、退屈そうに頬杖をついてこちらを観察していた。上から下までじろじろと見られることは、しょっちゅうなので慣れてはいる。気に障らないかどうかは別として。

 値踏みされている。王族の精を授けるオメガに値するかどうか、計算されている。そして不足すると結論された。「地味」というのは甘い評価で、三男のベルジャンを始め、シャルル王に媚びる気満々の連中は、もっとひどい言葉でリッカを評した。

「オメガ王や第一王子は絶世の美男子であるというのに、ああ、こんな出来損ないを送り込んでくるとは、我々エルフを、兄上を馬鹿にしている!」

「いや、もしかしたらアッチの方が優れているという理由で献上されたのかもしれませんぞ」

「なるほど! そういえば彼の着ている服は……たくし上げればすぐに交われそうなものですな。下着もつけていないのでは?」

 理不尽に貶められ、リッカの顔色が変わる。怒りで赤くなった頬を見せまいと、再び頭を下げた。

「……オメガ国第二王子、リッカと申し上げます。エルフ族の繁栄のため、我々も力を尽くし……」

「力を尽くす? 発情した猫のように男を誘い、性交して我々の子を成すだけの下賤の者が、何をえらそうに」

「女の服と違い、コルセットもない……本当に、犯されるためだけの服装だなあ、オメガ族の衣装というのは」

 旅装束では無礼にあたるからと、わざわざ正装に着替えてから謁見に臨んだのに、待っていたのは侮辱であった。

 リッカは黙っている。反論しようとも、封じ込められるのはわかっていた。孤軍奮闘しても意味のない場面では、沈黙が最善手だ。

「兄上。なんならこの場で、このオメガがちゃんと機能しているのかどうか、確かめてはみませんか?」

 恐ろしいことを言われて、リッカは顔を上げる。発言主はベルジャンだった。隣のクロードは、不快そうに眉根を寄せるも、弟を咎めたりはしない。

 シャルルは「ふん」と鼻で笑い、「好きにすればよい」と言った。

 ぱっと身を翻したリッカだが、好色なベルジャンに、すぐさま捕らえられてしまう。

「オメガというのは、尻が濡れるらしいな。煩わしくなくていい。確かめさせてもらうぞ」

「っ! おやめください!」

 発情期ではないから、自然に濡れたりはしない。長いローブをたくし上げられて、「なんだ、下着は着けているのか」と、当たり前のことで落胆されるのが、惨めだった。

「やめて! 離してください!」

 下着にまで指がかかったところで、「何をなさっているのですか、ベルジャン兄上」と、静かな怒りの籠もった声が響き、声の主以外は沈黙した。

「え、エドアール……」

「何をしているのかと、私は尋ねておるのです」

 ダークエルフである彼の面差しは、儚げなエルフたちとは一線を画す。政治で頭を動かすよりも、騎士として身体を動かしているせいもあるのだろう。周囲よりも一回り、体格がいい。

 ベルジャンが狼狽えてパッと身を離したのをいいことに、リッカは素早く逃げ、この場で唯一、信用に値するエドアールの元へと小走りになる。彼の陰に隠れて、情けなくも震える指先で、背中に縋る。

「兄上方、陛下。オメガの方々は、我々エルフを救ってくださる救世主であると、前から申し上げておりますが」

 広い背中は、リッカをすっぽりと覆い隠す。全面的にリッカたちオメガ族の味方をしてくれる安心感に、身体の震えが徐々に収まっていく。

「ああ、エドアールよ。勘違いするな。此度のことは、ベルジャンが勝手にやり始めたこと。私は許可を出していない。お前が飛び込んでこなければ、私が止めていたよ」

「兄上!」

 ベルジャンは悲痛な顔で玉座を見上げた。

 嘘だ。好きにしろと許可を出したのは、シャルルだ。そう訴えようとしたが、エドアールは沈黙した後に、「……わかりました」と、なぜかそれ以上発言しようとしなかった。

(どうして)

 これまで見てきた彼の姿は仮のもので、本当は、この場にいる他の者たちと同じ、オメガを同じひととは思わない男だったのか。

 シャルルはエドアールに微笑みかけた。男の背中によってほとんどが遮られているものの、その顔は胡散臭いことこの上ない。

「エドアール殿下……」

 そっと名前を呼ぶと、エドアールが振り返る。眉根を寄せて、困っている。

「申し訳なかった。リッカ殿下。ベルジャン兄上の代わりに、私から、心よりの謝罪を」

 彼はリッカの手を引くと、一礼して謁見の間を出て行く。リッカは振り向かず、エドアールについて進む。城を出て、今日からオメガが共同で暮らす離宮へとその足で向かった。

「本当に、すまない。何度も言ってきたんだが、ベルジャン兄上は俺の話をちっとも聞かないんだ」

「……」

 リッカはエドアールを見上げた。

 この国の中枢で、唯一のダークエルフ。彼の立場はもしかしたら、自分が思うよりもずっと、弱いのかもしれない。

「それで、その」

 言いにくそうにしているのは、気分を害したリッカが、知りたいことを教えてくれないかもしれない、という危惧あってのことだろう。あいにく、そこまで子どもではない。

「シャルル王は、アルファ因子を持っています。クロード殿下とベルジャン殿下、それから他の大貴族の方々は、残念ながら」

 彼はパッと嬉しそうな顔をした。犬の仔みたいだな、とリッカは思う。

 人懐こくて、一度自分の家族だと認識した者には甘くて、敵対者にも噛みつけるかどうかわからない、そんな仔犬っぽさがある。長命なエルフ、少なくとも二百年は生きている彼に、そう感じるのは少々おかしなことだけれど。

「そうか。シャルル兄上は、アルファになれるのか……」

「あなたもですよ、エドアール様」

「ああ、うん」

 自分のことは二の次とでも言う様子で、エドアールはそわそわと気もそぞろだ。

 リッカには、彼がなぜ、そこまで国王に信頼を寄せられるのか、わからない。怠惰で情に薄い王は、エドアールの対極に位置するというのに。

「兄上は、俺がオメガ族を頼ろうと提案したときにも、反対はしなかった。エルフ族の存続のためには、もう他に手はないと認めてくれた。子どもの頃から、そうだ」

「子どもの頃?」

 エドアールが首を縦に振る。

「俺の母はダークエルフの踊り子で、兄上たちの母よりも身分が低い。ベルジャン兄上には馬鹿にされて、クロード兄上には無視をされた。けれど、シャルル兄上だけは、俺によくしてくれた。今度は俺が、兄上を支える番なんだ」

 心酔しきっている彼に、自分があの場で受けた仕打ちを告げ口しても、響かない。口を噤むことを選んで、エドアールの話を聞く。

「兄上がアルファになれるということは、オメガを妃に迎えるということだ。王の隣に立つのは、しっかり者で政務の手助けをしてくれる、賢いオメガがいい」

 じっとリッカを見つめてくるのは、自分が一番年長で、一緒に来た他のオメガの少年たちのことをよく知っているからだろう。彼の言う条件に合うオメガといえば、リッカにはアンジュが真っ先に思い浮かぶ。

 そもそもアンジュは、王族にアルファ因子を持つ者がいたときに番うために来た。本人も、そのつもりでいる。

 アルファになれるのがエドアールだけだったなら、リッカが最初に願ったとおり、オメガを大切にしてくれる相手に嫁ぐことができた。

 だが、シャルル王がアルファ因子を持っていると判明した今、アンジュの相手の第一候補は、王だ。他に国王と番うことができそうな身分の者はいない。

 アンジュはまだ十五。成人して間もない。家族の前で明るく振る舞う姿は天真爛漫で、とにかく可愛らしいし、芯も強い。今はまだ、そそっかしかったり感情的になるところもあるが、アルファと番になれば、落ち着く。

 エドアール相手なら、心から推薦した。しかし、シャルル王に嫁がせるのは、不安だ。

 リッカは首を傾げ、曖昧に笑うに留めておいた。

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