成長期ヒーロー(12)

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11話

 四月。入学式を終え、もろもろの新入生歓迎の行事をこなした恭弥は疲れ切っていた。元々友人が少なかったところに、更に受験で知り合いの誰もいない私立中学へと進学したのが運の尽き、恭弥は弁当を一緒に食べる友達を見つけることができずにいた。

 新しい環境で恭弥を取り巻く人々の反応は、真っ二つだ。背が低く、目以外の顔のパーツもどこか小作りな、男らしさの欠片もない恭弥のことを、掃き溜めの中の鶴、男子校の中のお姫様としてちやほやする。

 逆にそうした恭弥のことを侮り、周囲から構われ愛でられているのを「気に入らない」「生意気」と攻撃をしてくる。

 前者は体格もよく、また、長く男だらけの生活を強いられている上級生に多く、後者は恭弥と同じような身長で顔立ちも可愛らしいタイプの同級生たちが多い。

 昼食を食べ終えて、特に無駄話をする相手もいない恭弥は次の授業の予習でもしよう、と数学の教科書を取り出そうとした。

 しかし目当ての物は見つからない。何度も机の中、鞄の中を探すが出てこない。

「あれぇ、御幸くん、どうしたの?」

 背後からの声に振り返ると、同級生の(みず)(しな)が笑っていた。どうしたの、という声音の割に気遣うと色は皆無だった。

「数学の教科書がなくて……」

「忘れたんじゃないの?」

 恭弥は首を振る。

「確かに鞄に入れたんだ、昨日」

「じゃあ教科書に足が生えて逃げてったんだよ。校舎裏あたりにさ」

 恭弥は馬鹿じゃない。くすくすと仲間内で笑いあっている水科が、恭弥の隙をついて隠したのだろう。

 そこで一言何か言えればよかったのだろうが、恭弥は無言で水科を見つめるだけだった。睨む、という強さもない。ただじっと、恨みがましい目で見ていた。

「何、その目」

 気に入らない、と水科が笑顔をひっこめたところで、慌てて恭弥は教室を飛び出した。急いで探さないと、五時間目の授業が始まってしまう。

 校舎裏、と言ってもその範囲は広い。どこまで含めていいのか見当もつかない。体育館がちょうど、少し離れたところに建っている。そこまで含まれるのだろうか。

 水科の性格上、簡単なところには隠されていないだろう。厄介な相手に目をつけられたものだ。

 どうしてこんな目に遭わなければならないんだろう、と考えた。この顔に生まれてきたのは自分のせいではなく、無論、親のせいでもない。

 一方では好かれ、一方で嫌われる。誰からも好かれる人間になりたいということは、非現実的な話なのだと恭弥は中学一年にして悟った。

 恭弥はあちこちを探した。体育館脇の植え込みの中を探していたとき、枝で手を傷つけた。

 痛い。血が滲んでいる。同時に涙も滲む。どうして僕が、こんな目に。

「どうしたの? 一年生?」

 落ちる影と優しい声に、振り返る。そこにはジャージ姿の背の高い少年がいた。ひょろりと細長いので高校生かと思ったが、ジャージの色柄が中学三年生の指定のものだった。

 恭弥は説明しようとした。数学の教科書が見つからなくて、探しに来たんです。その、足が生えて逃げ出してしまったみたいで。笑って冗談交じりにしようとしたのに、上手に表情を作ることができなかった。

「数学、きょーか、しょ、まにあわな……ひっく」

 三つの単語から少年は、恭弥の言いたいことを理解してくれた。

「五時間目が数学なの? 教科書見つからないの?」

 優しい問いかけの一つ一つに頷いていると、少年は恭弥の頭をぽんぽん、と撫でて微笑んだ。

「一緒に探そう。一人より、二人の方が見つかるよ、きっと」

 少年は言葉通り、一生懸命に探してくれた。ひょろ長い身体を小さくしている。けれど見つからない。

「もしかしたら、見えないところにあるのかも……花壇の土の中、とか……」

 自分で言って、そうに違いないと思ったらしい少年は、手が汚れるのも構わずに、駆けていった先の花壇の土を掘り返した。

「あった! やっぱり!」

 土まみれになっているのは、確かに恭弥の数学の教科書だった。払っても汚れは落ちない。受け取って、ぎゅ、と胸の前で握りしめた。

 予鈴が鳴る。おそらく少年は、五時間目が体育の授業で、事前の準備のために体育館に用事があったのだろう。なのに彼は、恭弥の前から動こうとしなかった。

「……落としたってわけじゃないよね、それ。埋まってたもんね」

「っ、ちが」

 少年の目が恭弥をまっすぐに射抜く。嘘は許さない、という静かな信念に燃えている目だ。それでも犯人を告げ口するような気持ちにはなれずに、「誰かが隠したんです」とだけ言った。

 恭弥はしゃがみこんで、小さくなった。膝に顔をおしつけて、くぐもった声を出す。

「僕の顔がちょっと可愛いからって苛められるなんて、もう嫌」

 偽らざる本心だったが、それを聞いた少年は噴き出した。あまりにも勢いよく笑い始めるものだから、思わず恭弥は顔を上げた。

「ごめんごめん。苛められっ子なのに、ずいぶん自信があるんだな、と思って」

「自信なんて……」

「いいや。自分が可愛い、なんて、相当自信がないと言えないよ。俺には逆立ちをしたって言えない」

 恭弥のように見るからに美少女、というわけではないが、目の前の少年は息を呑むほど美しいのだが。どうやら彼は本気でそう思っているらしい。

「それ、いじめっ子に言ってあげたら? 僕が可愛いからって嫉妬しないでくれる? って」

「え……そ、そんなこと、言えない……」

「きっと向こうも図星だから、これ以上なんにもしてこなくなるって」

「で、でも……」

 更に苛められたらどうしよう。不安でおどおどしている恭弥の肩を、少年は優しく叩いて励ましてくれた。

「もしもそれでも終わらなかったら、俺がまた力になる。一緒にどうしたらいいのか考えるよ。ね、だから、頑張ろう?」

 黙っていると怖いくらい綺麗な人だけれど、笑うと柔らかくなって、人畜無害な草食動物に見えてくる。背の高さもあいまって、キリンのようだと恭弥は思った。

 その雰囲気は、大学生になっても変わることはない。五十嵐千尋は今も昔も、誰かのために動くことを厭わない。

13話

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