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<12話
苛められていた自分を勇気づけてくれた千尋がいたからこそ、今の自分がいる。アドバイス通りにびくつきながらも「僕が可愛いから苛めてくるんでしょ?」と言うと、水科は顔を引きつらせて押し黙った。すべて千尋の言うとおりだった。
「光希は僕のこと、気が強いとかそういう風に思ってて、そこも好きだって言ってくれるけど、それは全部、五十嵐先輩のおかげだから」
あれ以来卑屈になっていては駄目だ、と胸を張って行動するようになり、時に高飛車で生意気だとも評される御幸恭弥の性格が構築された。
「……なんで、ずっと黙ってたの。言ってくれればよかったじゃない。五十嵐さんが理数科目教えてくれるってなったときに」
「言えるわけないだろ」
「なんで!」
慕ってくれる光希を不用意に傷つけたくなかった。受験に向けて必死にならなければならないこの時期に、動揺させたくなかった。
「……五十嵐さんのこと、まだ、好きなんでしょう? 御幸さん」
「……光希」
勘のいい、聡い子供だ。千尋からのメッセージを心待ちにしている姿、帰宅する背中をじっと窓から覗いている姿を見て、恭弥の想いのベクトルを正確に読み取っている。
光希は笑った。けれど奇妙に歪んで、失敗している。目には涙まで浮かんでいる。恭弥は声をかけられなかった。
「好きならなんで、俺に条件つきつけたの? 海棠に行けって言ったら、諦めると思った?」
「ちが……」
「違わない。俺を傷つけたくないって言いながら本当は誰よりも、自分が傷つくのが嫌なんだよ、御幸さんは。臆病だから」
直接告白を断ることは、言われた側は勿論だが、言った側の心にも多少のダメージを与える。長く片思いを患っていた恭弥は、自分の気持ちを正直に伝えることに、怯えていた。
振るのも振られるのも嫌だった。光希が素直で可愛い、弟みたいな存在だったから、自分の出した条件に苦しむ姿を見ているのが忍びなくて、特別教師を申し出た。
確かに臆病者だと罵られても、文句は言えない立場だった。
「ちやほやされたいだけだったら、ちゃんと振ってよ。思わせぶりなことされるのが一番きついよ。俺はこんなに、真剣なのに!」
光希は乱暴に、机の上の参考書やノートをかき集めて鞄に放り込んだ。それから立ち上がって、ずんすんと肩を怒らせて玄関へと向かう。
恭弥は追いかけるが、なんと声をかけていいのかわからずに、時折口を開いては閉じる。光希は振り返らず、「しばらくここには来ないから」と宣言した。
「五十嵐さんがここに来ることは、あなたを喜ばせる。俺はそれを目の前で見せつけられる。そんなのは、嫌だ」
五十嵐さんのことは嫌いじゃないけど、と付け足した光希は、本当に素直でまっすぐで、憎めない。なのにどうして、自分は恋をできないのだろう。
じゃあね、とだけ言って、光希は出て行った。恭弥はそれを呆然と見送りながらも、きっと大丈夫、また光希はこの部屋に来ることになるだろう、と楽観視していた。そうでなければとてもじゃないが、やり切れなくて泣いてしまいそうだった。
>14話
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