成長期ヒーロー(15)

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14話

 大学教授というのは自由なもので、冬期休業前の最終授業日は、なんと六限の教職科目以外の講義はすべて休講になってしまった。

 真面目な恭弥はしっかりと講義に出席したが、譲は最初から最終日なんて授業はないだろうと踏んで、アルバイトのシフトを入れてしまっていた。

「なんであの教授は最後まで授業しようとすんだよー……」

「真面目なんだよ。誰かさんと違ってね」

 気をつけるんだぞ、と何度も譲は言い聞かせて名残惜しくアルバイト先へと向かった。すぐそこなので、ぎりぎりまで彼は恭弥と一緒にいてくれた。

 講義が終わると、真っ暗だし寒い。これから家に帰って夕飯を作って……と考えると億劫になってきて、夜も開いている学食で食べて帰ろうかな、という気になった。

 あるいは、譲の働いているコンビニへ行けばおまけしてもらえるかもしれない。連絡してみようと考えて、ポケットを探った。

 ところがスマートフォンは見つからなかった。教室に忘れてきたのだろう。ついていない。恭弥は出てきたばかりの講義棟へと引き返した。

 すべての講義が終わった建物は暗かった。辺りに立っている街灯の光だけが頼りだ。階段で二階へと上がって、先程まで使用していた教室へと入った。

 教職科目を履修している学生は、夏学期に比べると減っていた。使う教室も狭いものになっており、入口は一番後ろにしかない。譲はそれを、遅刻早退やりたい放題だと笑っていた。

 恭弥が座っていたのは、出入口から一番遠い、対角線上に位置する最前の席だった。チカチカと光るスマートフォンが、メールかトークを受信した状態であることを知らせている。

 見つかってよかった、とほっとして歩みを進めようとした、そのときだった。

 最初に感じたのは、自分のものではない、荒い息遣いの音と生暖かい風だった。独特の臭気を帯びている。

「誰……っ」

 振り返ろうとしたが、羽交い絞めにされてできなかった。扉の死角になるところに誰かが隠れていたのだ。背が低く非力な恭弥は、全力で抵抗しようとしても逃げられなかった。

 原因のひとつは、頬に突きつけられた刃物だった。カッターナイフの刃が、室内に入って来る光を反射していた。傷つけられたくない一心で、恭弥は動きを止める。

 男は恭弥の手足を粘着テープでガチガチに固め、拘束した。そしてそこで初めて恭弥は男の姿を目視した。小太りで、無精髭だらけのだらしない格好だ。

 強盗目的の侵入者で、たまたま一人でやってきた恭弥をターゲットにしたのだろうという推測は、たちまち打ち砕かれた。男は臭い息を吐きながら、「みゆきたん」と恭弥のことを呼んだからだ。

「お前、ツイッターの……!」

「直接会いたいなんて言ってくれて、嬉しかったよみゆきたん。実物はやっぱり可愛いねぇ」

 恭弥が怒りのままに送ったリプライを曲解してこんな行動に至ったのか。目を見開くと、「ああ、その顔。ああ……おめめが大きくて、いいね。食べちゃいたい!」と嬉しそうにぶつぶつと言いながら、ポケットからスマートフォンを取り出し、恭弥にカメラを向ける。

 フラッシュがたかれ、不意の眩しさに目を細める。何枚も男は恭弥を写真の中に収め、それからスマートフォンを弄る。おそらくツイッターに写真を添付した投稿をしているのだろう。

「みゆきたんは、なんで男の子の格好をしてるのかなぁ……僕ちゃんにお洋服選んでもらいたいのかなぁ……ふふっ。そうだよね……たっくさんお洋服持ってきてあげたからねぇ、みゆきたん」

 独り言とニタニタした気味の悪い笑みを浮かべ、男は持参した鞄を開けた。中から取り出したのは、メイド服、セーラー服、ナース服……言葉に出せないような露出の激しい際どい衣装も何着もあった。

 あまりの恐怖に恭弥はブルブルと震えた。そして思わず、「助けて、五十嵐先輩……っ」と、一番頼りになる男の名前を呼んでしまった。

 それが男を激昂させた。目を血走らせ、恭弥の頬を二度、三度と張る。口の中が切れた。可愛らしい顔立ちの恭弥は、同級生と喧嘩をしたときだって、殴られたことなど一度もなかった。記憶のある限りは、父親にだって、ない。

 いよいよ恭弥の抗おうという気力は失われる。じくじくとした痛みが熱を伴っている。泣きたい気持ちをぎりぎりで我慢していると、男は鼻息も荒く、スマートフォンを猛烈な速さで操り始めた。指の動きからすると、おそらくは画像一覧を漁っているのだろう。

「いがらし、いがらし……あんな男、僕ちゃんは知ってるんですからねー。みゆきたんはぁ、悪い男にぃ、騙されてるだけなんだ、って!」

 ぶつぶつ、ハァハァ。レイプされてしまうに違いない。誰も助けに来てくれない。恭弥はもう駄目だ、と目を閉じて自分の運命を受け入れようとした。

16話

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