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<16話
変質者は逮捕され、恭弥は警察に「なんでもっと早くに相談しに来ないの」と小言を食らった。中学生である光希が含まれていたため、事情聴取は後日またやり直しということになり、四人は千尋のマンションへと向かった。
初めて足を踏み入れた千尋の部屋は、一人暮らしの男の部屋とは思えないほど広く、きちんと整えられていた。きょろきょろと辺りを見回して大きく息を吸い込んでいる恭弥の元に千尋はやって来て、顔を顰めた。
「ほっぺた腫れてる……痛そうだ。ちゃんと冷やした?」
「あ、はい。警察で氷もらって……今はそんなに痛くない、です」
「そう……でもしばらく様子みないとね」
ご飯の前に手を洗ってね、と千尋は言って、再びキッチンへと消えた。洗面所の場所は神崎が誘導した。
順番に手を洗っていると、洗面台の歯ブラシ立てに、歯ブラシが二本立ててあることに恭弥は気がついた。片方がピンクだったら、先輩の彼女かな? と思うところだが、緑と青という取り合わせだったので、胸が騒いだ。
居間へ向かうと、神崎が千尋の指示でテーブルのセッティングをしているところだった。
「僕も手伝います」
「いいよ。座ってて。神崎が全部やってくれるから。ね?」
「へいへい……お前最近俺の扱いが雑だぞ」
神崎は文句を言いつつも、楽しそうだった。
いいなぁ、と思った。千尋と軽口を叩ける関係である、ということよりもそういう関係の人間がいる、ということが羨ましかった。
譲とは複雑な事情があって一緒にいるけれど、いつかは手を離さなければならない時が来るということを、恭弥は自覚している。甘えてばかりいられない。
「お鍋できたよ。どうぞ、たくさん食べてね」
わぁ、と歓声を上げた光希は、その後恭弥に顔を向けて、
「おいしそうだね、御幸さん。何が食べたいですか? 俺、取りますよ!」
と、言った。
恭弥の好きな人である、千尋。
そして恭弥を好きな、光希。
光希は何のわだかまりもなかったかのように振舞った。けれどたぶん、心の傷はまだ小さく残っているのだろうと思う。
神崎と千尋のような信頼関係を、光希と築くことができたらいいな、と、具材のたくさん入った小鉢を受け取って、漠然と思った。千尋お手製の鍋は美味しくて、殴られたときにできた口中の傷に、じわりと沁みた。
>18話
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