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<17話
受験生にはクリスマスも正月も存在しない。事件をきっかけに、元通りの距離に戻った恭弥と光希は、休み返上で勉強をしていた。年が明けたらすぐ二月、海棠高校の入試が迫っている。
年末年始、小澤家では兄の敏之が帰省しており、何かと煩わしいと泣きつかれた恭弥は、三十日から三が日まで、光希を部屋に招き入れ、みっちり勉強させることにした。
家事はすべて譲が引き受けてくれて、また、迎えに行ったときに光希の母から「いつもお世話になっております」とおせち料理の入った重箱を渡されたので、一応正月気分は味わえる。
千尋も協力を申し出てくれたのだが、大晦日と元日はさすがに来てもらうわけにはいかない、と恭弥は遠慮した。そのため今は国語と英語と社会を重点的に見ている。
譲は年越しそばを作って一緒に食べた後、「じゃあ俺はバイト行ってくるから。ちゃんと戸締りしろよ」といなくなった。コンビニは年中無休だ。そしてこんな日に働ける人間も少ないから、夜中のシフトを買って出たのだろう。
英語の過去問を集中して解いていた光希が、ふと顔を上げた。時計を見て、「ねぇ、御幸さん」と声をかける。
「何?」
時刻は午後十一時。もうすぐ年が改まるというところだ。恭弥は光希の作った英作文の添削をしながら応えた。
「あの……初詣、一緒に、行きたいです」
恭弥は手を止めて、顔を上げる。まじまじと光希の顔を見つめると、「いや、そんな余裕なんてないってわかってるんですけど! その!」と言い訳をする。それがおかしくて、恭弥は笑って、赤ペンを置いた。
「いいよ」
「え?」
「行きたいんでしょ、初詣。受験生だし、神様にも縋ってこよう」
光希に暖かい格好をさせた。インフルエンザや風邪の予防のためにマスクもかけさせて、それからマフラーも巻いてやる。
「御幸さん、俺暑がりだからこんなにいらない……」
「いいから。お前に風邪でも引かせたら、親御さんに申し訳ない」
もこもこに着膨れた光希は、すでに近所の神社に当たりをつけていたようで、迷うことなく境内へと続く石段の前まで恭弥を案内した。
そこで寒さに震えている長身の影を見た瞬間、騙し討ちか、と恭弥はすぐに気がついた。隣には二十センチほど低い男の姿がある。恭弥が光希に視線を向けると、彼はすまなそうな表情を浮かべる。
「光希。ここで鉢合わせさせて、何をしたいの?」
「ごめんね、御幸さん。やっくんに相談して五十嵐さんを連れてきてもらったんだ」
まだ千尋はこちらには気づいていない。上手く神崎が気を引いているのだろう。このまま逃げ出したい気持ちになったが、光希が手を握ってきて、それは叶わない。
「どうして」
「やっぱり俺、けじめはつけるべきだと思うんです」
俺は御幸さんが好きで、御幸さんは五十嵐さんのことが好きで、俺はあなたに想いを伝えたけれど、あなたは五十嵐さんに、何にも話をしていない。
光希の口調は責めるようなものではなかった。大人が子供を諭すように、ゆっくりと恭弥を説得にかかる。
「でも」
「振られるのが怖いですか? でもね、中途半端って一番、辛いんですよ」
はっとした。光希は苦笑していた。光希の告白を中途半端に放置しているのは自分だ。海棠高校に合格したら考えてもいい、などと受け入れたのかいないのかわからない返事をして、無駄になるかもしれない努力を光希に強いている。
「光希……」
「中学一年からずっと、御幸さんの恋は進んでない。その状態が一番辛いのは御幸さんじゃないんですか? そんなんじゃ俺が海棠に受かっても、俺に向き合ってくれない。自分勝手ですけど、勇気を出してほしいんです。そしたら俺、ちゃんと待ちますから」
初対面のときの光希を思い出す。中学生が大学で待ち構えるというのは、どれほど勇気が必要だっただろう。それに比べれば、恭弥はここまでお膳立てしてもらっている。あとは一歩踏み出すだけなのだ。
いい加減に決着をつけなければ腐ってしまう。すでに恭弥は嫌な男になりつつある。こんなことではきっと、光希もいずれ自分に愛想を尽かすだろう。
そう考えて、恭弥は自分でも驚いた。こんなにも自分の中で、光希の存在が大きくなっているなんて。光希が与えてくれる愛情を、当たり前だと思ってはいけない。
踏み出さなければならない。恭弥は微かに頷いた。光希はもう一度ぎゅ、と恭弥の手を握り、それから離した。わざとらしく大きな声で、「やっくん! それに、五十嵐さんも!」と二人に声をかけた。
>19話
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