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<18話
神崎は一瞬、「遅いんだよ」という顔をしたが、「よ」と何でもない風を装って片手を挙げた。
「こんばんは。二人とも、合格祈願の初詣かな?」
「まぁそんなとこですね」
せっかくだから一緒にお参りしない? と言いかけた千尋を遮って、神崎は光希に声をかけた。
「上の方混んでるだろうから、先に屋台覗いて行こうぜ。五十嵐もあったかいもん欲しいよな?」
「え? ああ、うん……甘酒飲みたいな」
「それは上にしかねぇよ……適当にちゃちゃっと買いに行ってくるから。光希、付き合え」
「うん。御幸さんと五十嵐さんはこの辺で待っててね」
やや強引ではあったけれど、疑われずに二人きりになった。コートにマフラー、帽子とフル装備の千尋はそれでもまだ寒いらしい。こんな姿も、初めて知った。
「ここ寒いから、もうちょっと風を防げるところに行きませんか?」
「でもここで待ってろって」
「光希に連絡しておくから、大丈夫です。どうせすぐに戻ってはこないでしょうし」
二人きりになれる場所を探して、歩き出す。さほど時間もかからず、大きな木で風を防ぐことのできる場所を見つけ出した。
初詣客の喧騒が、やけに遠く聞こえた。自分の心臓の音が千尋に伝わってしまいそうで、緊張した。
「あの、五十嵐先輩」
「うん?」
夜の闇の中でも、千尋の美貌は隠せない。どころかますます際立って見える。直視できずに目線を逸らし、「お話が、あります」と切り出した。
「話って?」
千尋は優しいから、それ以上催促はしてこない。恭弥のペースに合わせてくれる。そんなところが、とても。
「……覚えていないかもしれないけど、僕、秀雄高校での、後輩なんです」
千尋は驚きに目を見開いている。
「え、ごめん……全然、覚えてなくて……」
恭弥は首を振った。
「いいんです、それは、全然」
言わなければならないのは、そんなことじゃない。千尋にどれだけ救われたのか。そして、どんなに自分が千尋のことを想ってきたのか。
涙ではなく、言葉で伝えなければならなかった。震える声を振り絞って、告白する。
「中学一年のとき、僕は苛められていました。あなたは一緒に教科書を探してくれて、それから僕に勇気をくれました。そのときからずっと、僕は」
――あなたのことが、五十嵐先輩のことが、好きです。
最後の最後で涙声になってしまったけれど、きちんと言えた。六年越しの恋心は、正しく相手に伝わった。けれどこの想いは叶わないということに、恭弥はすでに気がついていた。
神崎と千尋は、おそらく。
千尋は目を閉じて、何を言うべきかを考えていた。結果は目に見えていても、死刑宣告を待つ時間は短い方がいい。
千尋は目を開けた。そして口を開く。
「ごめんなさい、とは言わないよ。俺は君に何も悪いことをしていないから。だから代わりに、こう言わせて」
ありがとう、と千尋は言った。
「ありがとう。長い間、俺のことを好きでいてくれて」
「はい」
「でもね、俺は君が思ってるような聖人君子でもないし、王子様でもない、不完全な人間だ。それに」
「……付き合ってる人、いるんですよね? わかってます」
先回りされるなんて思っていなかった千尋はぱちぱちと目を瞬かせた。その仕草が可愛らしくて、思わず恭弥は笑ってしまった。笑えるのが不思議だったし、そこでようやく自分の恋が終わったことを受け入れた。
>20話
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