成長期ヒーロー(21)

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20話

 寒い朝だった。雪が降るのではないかという心配は杞憂に終わった。眠い、とぼやく譲の尻を叩いて、海棠高校へと向かった。

 都内でも有数の有名私立高校とあって、校門前にはたくさんの受験指導塾ののぼりが立っていて、並々ならぬ気合いを入れた講師たちの姿がある。

 邪魔にならないよう端で、恭弥は光希が来るのを待っていた。大学に行くときよりも随分と早起きをした。

「家族とかが応援に来るんじゃないの? 別に御幸が応援に来なくても」

「高校受験に親はついてこないだろ、普通」

 と言いつつも、徐々に集まってきた受験生たちは、親子連れの姿も確かに多かった。けれど恭弥は、光希は一人で来ると確信していた。誰よりも格好いい男を目指している光希は、親子連れで会場に向かうことを良しとはしないに違いない。

 十五分ほど経ったところで、恭弥は待ち人がやってきたのを見つけた。

「光希!」

 下を向いて歩いているのは緊張の表れだろうか。大きな声で名前を呼ぶと、光希は顔を上げる。その顔を驚きの色に染めながら、走ってくる。

「御幸さん! なんで……」

 ここにいるんですか、という問いだと思っていたが、その後に続いたのは、「なんで百田さんまでいるんですか!」と譲連れであることを非難するセリフだったので、恭弥は笑ってしまった。

「大声出して、緊張もほぐれるだろ?」

 ウィンクをする譲に光希は溜息をついていたが、確かに肩の力は抜けていた。

「御幸さん、俺……」

「あともうひと踏ん張りだから。僕も五十嵐先輩も、みんな、光希が合格することだけ考えてきた。……頑張って、受かってこい」

 手袋をしていないせいで真っ赤にかじかんでいる光希の両手を取って、ぎゅ、と握りしめた。恭弥には祈ることしかできない。頑張っていた光希の姿を知っているからこそ、合格してほしいと心から思っていた。

「……行ってきます!」

 そう言って門をくぐっていく姿は、もう立派な一人の男だった。

 光希の姿が見えなくなるまで見送ると、譲が大きなあくびをした。

「さて、帰ろうぜ」

 先に歩みを進めた譲を、恭弥は引き留めた。

「どうした、御幸?」

「……今まで、ありがとう」

 その一言だけで、譲はすべてを悟ったようだった。

「お役御免ってわけ? つれないねえ」

「水科(さとし)。あいつのしたことで、譲が僕に負い目を感じてたのは知ってるよ」

 そう明かすと、さすがに譲は驚いた様子だった。知っていたのか、と呆然と呟いた譲に、恭弥は頷いた。

 水科聖と百田譲は、実の兄弟だ。中学入学以前に両親が離婚して、それぞれに引き取られたために苗字が違う。幼いながらに譲と水科は気が合わなかったので、積極的に公表することはなく、その関係を知る者はいなかった。

 千尋に勇気づけられて恭弥は強くなり、苛められなくなった。水科はそれが面白くなくて、とんでもない行動に出た。

 彼は恭弥のメールアドレスを顔写真付きで、同性愛者向けの出会い掲示板に書き込んだ。援助交際希望を匂わせる単語を織り交ぜ、レイプ願望があるという嘘まで。

 ちょっとした悪戯のつもりだったのだろうが、当然大問題になった。実際に恭弥は、掲示板を見た男にレイプされそうになったのだ。

 恭弥の親の訴えによって捜査が行われ、水科が犯人だということは簡単に突き止められた。当然彼は退学となり、恭弥に関する書き込みはすべて消され、メールアドレスも携帯電話の番号も変更した。

 恭弥の身に起こったことを、同級生たちは噂話のレベルで知っていた。いたわってくれる人間や、無視して付き合ってくれる人間も勿論いたが、多くは好奇心だけで近づいてくる連中だった。更に恭弥は傷ついた。

 助けてくれたのは譲だった。弟の逆恨みのせいで心に大きな傷を負った後輩に対して彼は罪悪感を覚え、ずっと傍にいて守ってくれた。

 大学受験のときには、一年棒に振ってまで、まだ高校に在学している恭弥の送り迎えをしてくれて、同じ大学、同じ学部に入学をしてくれた。

「もう、譲に甘えたくないんだ。ちゃんと、友人として、対等に付き合っていきたい」

「ナイトの役目は……あいつに交代ってこと?」

 恭弥は首を横に振った。

「違うよ。光希はね、全然ナイトじゃない。もっと身勝手で、未熟で……」

 挫折して、泣いて、光希は、騎士のように献身的に恭弥に殉じることはできないだろう。

「王子様?」

「それも違うかな……一番近いのは」

 将来的には王子様になれる可能性も秘めた、未熟な少年。レベルアップ途中の、ヒーロー。光希の笑顔は恭弥に勇気をくれる。胸を満たしてくれる。

「何それすっごい惚気じゃん」

 千尋への想いを最良の形で昇華させることができたのも、全部光希がいたからこそだ。少年の幼い恋心に、恭弥は報いたいと思った。

 たぶん、これも恋だ。千尋へと抱いていたものと、だいぶ違うけれど。これも恋の一種なのだ。

「まぁ、付き合ってはないんだけどね」

 恭弥は海棠高校の校舎を振り返った。全力で戦いに挑む光希に、どうか幸運が微笑むように。そう願わずにはいられなかった。

22話

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