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<8話
それは聞いていない。週に一回千尋が泊まりに来てくれるのは嬉しいけれど、余計なおまけはいらない。
「聞いてないです。っていうか来ないでください。何度も言ってますけれど、僕はあなたのことが気に入らないんだ」
隣に座る光希がぎょっとした。それまで表面上は穏やかに対応していた恭弥がかぶっていた猫の皮をはがしたせいだ。
「俺だって別に、お前のことなんか好きじゃない。でも俺は、お前と違う。光希のためだって割り切ってるから、五十嵐を派遣するんだろ。お前の家に」
身長は恭弥も神崎も、そして光希もさほど変わらない。なのに神崎はどこまでも大きくて、そこが気に入らない。たった二つ、されど二つ。この年齢差は思ったよりも大きいらしい。
「……帰るよ、光希。帰って勉強しよう」
「あ、はい」
ひらひらと余裕ぶって手を振っているのが腹が立った。怒りのあまりについ速足になっていると、後ろから光希が駆け足でついてくる。
「御幸さん、やっくんと仲悪いの?」
「別に! どうでもいいよ、あんな奴!」
ちっとも別にではない口調だったが、光希はそれ以上聞かなかった。気持ちとしては複雑だろう。恋をした相手と兄のように慕う相手の仲が悪いのだから。
加えて、これから世話になる男が、恭弥の片想いの相手だということを知ったら、どんな反応をするのだろう。
ここまでの一か月余り光希を見ていて、中学生というのはこんなものだっただろうか、と恭弥は感じた。自分の中学時代は、もっとくだらないことではしゃいだり、喚いたりしていた。
光希は恭弥のことが好きだと言う。けれど、初対面の一度しか、恋愛の意味での「好き」は言っていない。
自分にふさわしい男になれ、と言った恭弥を困らせたくないからだ。敏感に恭弥の感情の揺れを感じ取って、光希は話題を変えたり、黙り込んだりする。
「五十嵐さんに理科と数学教えてもらえるの、俺、本当に嬉しいんだ」
光希は恭弥を追い越して、振り返った。恭弥も立ち止まり、黙って光希の話を聞く。
「海棠受けるのはさ、最初は御幸さんに言われただけだし、そんな難しいところに万が一合格しても、絶対ついてけないし、友達も一人も受験しないから、行かないだろうなって」
光希はでも、と笑った。
「勉強しながら、考えたんだ。あなたにふさわしい男になるって言って、御幸さんに全部任せるんじゃなくて、俺が、なりたい自分になるんだって。そのために本気で勉強して海棠に受かって、通うんだ、って!」
目線は同じ高さにあるのに、数歩先にいる光希が大きく、大人に見えた。
「だからこれからも、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた光希に、恭弥は何も言えなかった。
>10話
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