星読人とあらがう姫君(10)

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ライト文芸

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9話

 露子が俊尚に嫁ぎ、一月が経った。相変わらず夫である俊尚は多忙なようだ。夫婦の会話というものは皆無であり、露子を気遣った雨子は、弟に宮中での俊尚の様子や評判を調べさせた。

 すると、父親から聞いていたのとは真逆の俊尚像が浮かび上がってきた。

「優秀な陰陽師だなんてとんでもありませんわ!」

 弟からの報告を受けた雨子は憤慨していた。今上帝の兄君ということで、源俊尚は非常に有名であった。しかし、その顔を見たことがあるという人間は、下級の役人の中にはいなかった。

 顔の広い雨子の弟には、陰陽生おんみょうしょうと知り合いだという友人がいた。さすがに自分の勤め先の長官のことだから、一般の人間よりも知っているだろうと取り次いでもらったところ、その陰陽生も、俊尚のことをほとんど見たことがないという。

「優秀だとか言われているけれど、術を見たことが誰もないそうですよ」

 毎朝出仕するとすぐに一室に閉じこもり、出てこない。誰かが入ろうとしても烏が慌てて出てきて、「主人に御用であれば、私めが承ります」と言うのだそうだ。

「まぁそれでも陰陽寮の作業自体は滞りなくやっているそうですから、陰陽師としては駄目でも役人としては普通なのかもしれませんけど」

 一応は主人の夫だということを思い出した雨子が早口で庇った。

「なら別にいいじゃない」

 どうせ露子は彼が行う呪術的な儀式にはまったく興味がない。役人として堅実に働きしっかりと蓄財してくれるのならばいい夫、とは言えないまでもいい人間ではある。その点は評価してもいい。

 しかし雨子は首を横に振り、露子の元ににじり寄って、耳打ちをした。

「宮中では俊尚様は、お稚児趣味だと噂されていらっしゃいますの」

「お稚児趣味……?」

 といえば、男が美少年を愛でるという、あれか。寺でよく行われていると聞くが、貴族の世界でも生殖の本能に逆らった同性への恋というのが雅やかだということで、密かに広まっているという。

 勿論、俊尚の相手と目されているのは一人しかいない。烏だ。俊尚は烏と二人で執務を行う局に籠って不健全で淫らな行いをしているとまことしやかに噂されていた。

「そ、それが本当なら姫様は、二人の関係をごまかすために……」

 うっうっ、と雨子は「姫様がお可哀想で……!」と泣き始めるが、露子は納得していた。男色ならば俊尚が露子に一切手を出さないことも頷ける。

 どうせ抱かない女であれば、顔の美醜など関係ない。いや、むしろ露子のように変わり者の行かず後家と呼ばれる女を娶ることで、男としての評価は上がるだろう。

「こうなったらご実家に帰りましょう! 高道様もきっと、このことをご存知になれば離縁しろとおっしゃることでしょうし!」

 裏切られた本人よりも周りが盛り上がってしまい、自身は白けてしまうという典型例だ。うーん、と唸る露子だが、そもそも父が、俊尚についての噂を知らないなんてことがあるのだろうか。

 出世欲だけは人並み以上の父のことだ。自分が有利になるために、宮中の噂話はすべて収集していそうなものだが……。

「ごめんください」

 一人で愁嘆場を演じていた雨子だが、外から聞こえたその声への反応は素早かった。さっと立ち上がると御簾を上げた。そのあまりの勢いに、声の主は一歩下がった。

「ええと、雨子様……?」

 きいっ、と雨子は金切り声を上げて烏を睨みつけた。どうどう、と露子は彼女をなだめながら、「烏。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」と声をかける。

「はい、なんでしょうか」

 今日の烏は何も持ってきていない。単純に話をしに来てくれたのだろう。露子の「話相手になってちょうだい」という我儘に、彼は律儀に対応してくれている。

 俊尚は、烏を通じて様々な贈り物をくれる。美しい反物や調度品、花に、紙。露子の趣味に合う合わないは別として、吟味を重ねた上でかなり高級な品だということはわかった。

 あまり贈り物をもらうのも心苦しいので、手ぶらの烏を見て露子はほっとしていた。

「俊尚様のお手付きだって、本当?」

 烏は露子の問いかけに、固まった。恐る恐る、「誰が……?」と問い直す烏の顔に人差し指を突きつける。

「お、俺ぇ!?」

「あら、とうとう地が出たわね」

 普段丁寧な口調、そして主人と使用人という関係を決して崩そうとしない烏が動揺したのが楽しく、露子は思わずからかった。

 ごほん、と彼は咳払いして平静を取り戻した。けれどその顔は依然として赤いので、露子はにやにやと見守った。

「俊尚様にはそんな趣味などございません! それに私には……」

 はっとして烏は口を噤んだ。露子は本格的に面白くなってからかいの言葉を更に向けた。

「私も? えっ、烏、好きな女の子いるの?どんな子?」

 詰め寄ると、烏は真っ赤な顔をして唇を噛みしめて震えている。いつも大人びた少年だから、こうした年相応な姿というのが新鮮で仕方がない。

「ねぇねぇ」

「っ、うるさいですよ! 俺のことなんて関係ないじゃないですか!」

 これ以上聞かれても何にも答えませんからね、とカリカリしている烏を見て、この辺が潮時だ、と露子は謝った。嫌われて話相手を失うのは嫌だった。

「でも、烏だったらきっと、どんな女の子でも好きになると思うわよ。自信持って」

 露子の励ましに、なぜだかわからないが、烏は複雑そうな顔をした。上手に息ができないという表情で、「……それはあなたが何も知らないからだ」と言う。

「え?」

「……なんでもありません。今日はそもそも奥方様に伝言があって参りました」

 突如として淡々とした従者の顔と口調で烏は告げる。空々しくて、寂しくて、少しだけ露子は傷ついた。

「俊尚様はこれから忙しくなるかもしれませんので、これまで以上にこちらには……」

 あらそうなの、と露子は肩を落とした。けれど来たところで何をするわけでもないのだから、事前に連絡があるだけましだと思わなければならないだろう。

「あの、私また主人から贈り物を持ってまいりますので……奥様、気を落とさないでくださいね」

「あ~……別にそれはいいわ。いらない。私、物でごまかされているような気がして嫌だから。そう伝えておいてちょうだい」

 たったひとつの言葉でいい。烏を通しての伝言ではなくて、彼の肉声で一言かけてくれるのならば、それだけで安心できるだろうに。けれどそれは、叶わないことだということに露子はすでに気づいている。

 理由はわからないが、俊尚は烏以外の誰も、受け入れないのだ。

11話

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