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<11話
烏の言葉どおり、俊尚の来訪は絶えた。
「それにしても本当に、烏も何も言ってこないとは!」
雨子は怒り狂っているが、露子は落ち着いていた。ただ、あの夏の夢を毎日見て、理由もわからぬまま、顔を知らぬ少年に謝罪をされてやや参っていた。
そのまま二十日経過し、もうすぐ文月、つまりは秋になろうとしている。普段物静かな屋敷の中が、どこかざわついているような気がした。
調べてみると、とんでもない客人がお忍びで俊尚の元を訪れたのだという。
「関白様? え、ご本人が?」
関白・藤原通行。露子の母は彼の従姉妹にあたる。正真正銘親類で、何度か顔を合わせてもいるのだが、露子は彼のことが苦手だった。
可愛がってもらった記憶は勿論ないが、嫌なことをされた記憶もない。ただ、母の法要の度に訪れる関白は、冷たい目をしていて、その視線は幼い露子の心に突き刺さったのだ。
「俊尚様が今上帝の兄上であるとはいえ、こんな辺鄙なところに?」
通行は露子の家を訪れるのも億劫がっている節があった。実家よりもさらにはずれにあるこの家にわざわざ来るのは、何か事情があるに違いない。
「姫様」
こほん、と雨子は咳払いをした。生まれたときからずっと隣にいた彼女は、さすがに主人の性格を熟知している。
わからないことは、知りたい。不思議なことは解明したい。好奇心旺盛な露子は、雨子を見ると、「どうにか盗み聞きできないかしら」と言った。
やっぱり、という顔で溜息をついた雨子は、すっくと立ちあがって、客人の通された東の対へと向かったのだった。
>13話
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