星読人とあらがう姫君(19)

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ライト文芸

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18話

 弘徽殿こきでんに露子はやってきた。女御に仕える女房たちの装束は、露子の着ているものよりも上等で、一張羅を着てきたにも関わらず、なんとなく露子はみすぼらしい気分になり自分の身体を見下ろした。

 粗相のないように、と年嵩の女房に命令され、ひとまずは頭を下げて女御の前ににじり寄る。

「弘徽殿の女御様におかれましては、ご機嫌うるわしゅう……」

おもてを上げよ」

 命令口調ではあるが、声音はふわふわと愛らしい。露子がゆっくりと顔を上げると、女御は真顔だった。あれ、怒ってるのかな、と露子が口を開こうとした瞬間、へにゃりと彼女は破顔した。

「お久しぶり、露子お姉さま」

桜花おうか様……」

 弘徽殿。そこは帝のおわす清涼殿に最も近い、後宮の御殿。そこに部屋を与えられた妃は、後宮内での地位を約束される。それには父の朝廷内での権力が物を言う。

 中宮に最も近い女御・桜花姫は摂関家直系の姫。つまりは露子のはとこにあたる。

 親同士の思惑とは関係なく、露子と桜花は年も近く、仲がよかった。はっきりした性格の露子を姉のように桜花は慕い、露子もおっとりとした甘えたがりの桜花を可愛がっていた。だから普通は許されない訪問であっても無理が通ったのである。

「あ、そうそう。出がけに父が、これ持っていけって。乾菓子、お好きでしょう?」

「まあ。嬉しい。後でいただきましょう」

 父に呼び止められて渡された菓子をいらない、と断った露子だったが、「女御様のところへ行くのに手ぶらなどありえない」と父が頑として譲らなかったので、仕方なく持ってきた。ここまで喜んでもらえるのなら、父の言うことを聞いておいて正解だった。

 それよりも、と露子が目配せすると、桜花は人払いをする。それでもどこで誰が聞き耳を立てているかわからないから、声を潜めて、扇で口元を隠しながら二人は会話する。

「で、本当に今夜ここにいらっしゃるの?」

 主上は、というのは飲み込んだが、桜花は意図を汲んで、胸を張って、「勿論」と応じる。

 文では、帝には特に変わった様子はない、という話だった。おそらく関白が他の手を考えたのか、自然と治りつつあるのかのどちらかだろう。

「あのお方は、本当に私のことを好いていらっしゃいますので」

「……惚気かしら」

「そうかもしれませんわね」

 ころころと彼女は笑う。

 思えば三年前、露子の元に入内の話が上がったときにはすでに、桜花は後宮にいた。実現には至らなかったが、もしも無事に露子が入内できていたとしたら、どうなっていただろう。

 貴族の間で流行している宮廷恋愛小説の中では、ぽっと出の妃は他の妃たちから嫌われて、苛められる運命だ。無論露子は苛められて黙っているような人間ではないが。

「ねぇ、桜花様」

「はい」

「もしも私が入内してたとしたら……どうなっていたかしら?」

 桜花は丸く垂れた目をしぱしぱと瞬かせた。長い睫毛が影を落とす。それから小さな口を袖で隠して、上品に笑った。

「別に何も変わりませんわ。露子様は私の大好きな、お姉様」

 摂関家には四人の子がいるが、娘は桜花だけだった。入内を義務づけられた姫君は、蝶よ花よと育てられた。

 そもそも二人が出会ったのは、露子が彼女の影武者として呼び出されたからだ。摂関家ともなれば、敵も否応なしに多い。娘は外戚政治を円滑に行うための道具。それを壊せば……と考える人間がいたとしてもおかしくはない。

 あの頃、母を亡くした露子は、屋敷の中で大人たちの憐れみの目に晒され続けるのが嫌だった。自宅の何倍も立派な邸宅に迎え入れられ、可愛い妹分の桜花と出会うことができたのはいいことだったと思っている。

 幼かった少女は今、正妃に最も近い存在として後宮に君臨している。ふわふわしているのは見た目だけで、きっと中身は自分以上に強かになっているのだろう。そうでなければ生き残れない。

 何も変わらない、と微笑んだのは絶対的な勝者の余裕。愛されている者だという自負が、そうさせるのだ。

「ねぇお姉様。それよりも……お姉様の結婚相手の方って、どんな方なの?」

 主上のお兄様だと聞いているけれど、お会いしたことがなくて……と尋ねてくる桜花は罪深いほどに無邪気だ。悪意なく、その問いを向けてくる。

 露子は「私が聞きたいくらいだわ」と言うかわりに、曖昧に微笑んで肩を竦めた。愛されている自信なんて皆無の自分が、桜花の問いに満足に答えられるはずもない。

20話

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