星読人とあらがう姫君(25)

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ライト文芸

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24話

 丑三つ時。辺りは暗い。露子は欠伸を噛み殺して忍んでいた。最も霊たちが騒ぎ、結界が弱まる時間だということで、術者が結界を破りここにたどり着くのであれば、そろそろだった。

「眠いのなら、寝ていればいい」

 烏の言葉に、首を横に振る。見届けると決めたのに、肝心の場面で眠りこけているなんて絶対に嫌だ。きっと烏は起こしてくれない。

 その後しばらく、うつらうつらとしていると、途端にがさがさと、植え込みの低木が揺れる音がして、露子ははっとした。

 来たぞ、と烏は唇を動かした。闇に乗じて刺客が寝所へと忍び込もうとしているのだ。目を凝らしていると、小さな声で刺客は何事かを呟いた。

 ぴしり、と小さな音がして結界は破られ、刺客は堂々と中へ入っていく。

 烏は行動を開始する。音もなく動き、隣におびき寄せた侵入者を捕えるのだ。露子は邪魔になることを恐れ、その場で待機したままでいる。

 しばらくして、どたどたばたん、という激しい物音が隣から聞こえてきた。男の怒声も。それが静まってから、露子は移動した。

 呪縛された上に武官たちに押さえつけられている男に、露子は見覚えがあった。無論烏もそうだろう。彼らは同じ場所で働いている。

「安倍芳明……」

 鷲鼻にぎょろりとした目の中年男。やはり、と露子は目を閉じた。

 烏は安全を確保したうえで、再び結界を張った。それから帝はやって来た。桜花の体調を尋ねたいと思ったが、露子は堪える。

 烏の指示によって、武官たちはもう一人の男を捕えて連れてきた。帝の前に投げ出されて、太った男は間抜けな悲鳴を上げた。

 その男のことは嫌というほど知っていて、露子の声は自然と堅いものになる。

「お父様……」

 安倍芳明と懇意にしていた。露子の着物に呪符を縫い付けることを命令でき、乾菓子の中に桜花を操るための呪符を仕込むことができた人物。露子以外でそんなことができるのは、父・藤原高道しか存在しない。

 憔悴した父には、露子の声は届いていなかった。ただ、帝の鋭い眼前に晒されて、ガタガタと震えている。

 父は弱い男だ。出世、栄達を望みながらも、こうして実際帝の前に出れば怯える臆病者だ。

 だからこそ、帝の暗殺などという大それた企てを実行したことが、露子には信じがたい。

「なぜ、余を殺そうなどと思った」

 冷たく厳かな声が、二人に向けられる。父は「ひぃ!」と声を上げてぶるぶると頭を下げて、「殺そうなどとは思っておりませぬ!」と勝手に弁解を始め、べらべらと喋った。

「わ、私は、女御の手で主上が怪我をすればよかっただけで……」

 当然のことながら、帝は聞き入れない。それどころか、最初から桜花を巻き込むことを前提とした方法に、烈火のごとく激怒している。帝の剣幕に、「ひいいいいい」と父は震えているだけだった。

「芳明」

 烏は冷静な声で問う。父とは正反対に、芳明は落ち着いていた。自分の運命をすでに、受け入れている様子だった。

「そなた、なぜかようなことを……」

 芳明の憎々しげな視線が烏に向けられる。

「なぜ、か……それはお前の方がよくわかるんじゃないか?」

 芳明の声に混じる感情は、帝に対しては向けられることがない。嫌悪、憎しみ、それから恐怖。

「なぜお前のような男がいるのか」

 芳明は絞り出すように言った。静かに語られる方が、よほど恨みが深いのだと、露子は初めて思い知った。激高し、唾を飛ばして怒鳴り散らすよりも、ずっと心に沁みていく。

「お前のような男が、人間としてあるのか……お前がいなければ、私は……」

 最後はどこか悲しい響きに満ちていた。人間でさえなければ、同じ舞台に立つことはなかった。比較することすら、馬鹿みたいだからだ。

「お前はなぜ、ひとなのだ……!」

 芳明の声を、烏は苦しそうに聞いていた。何か言いかけようとして口を薄く開いたが、結局彼はそのまま音を発せずに、引き結んだ。

 安倍晴明の子孫だという、芳明。けれど彼よりも先に、「安倍晴明の再来」と呼ばれる奇跡のような存在が、この時代には存在していた。そのせいで彼は、このような最悪の行為に及んでしまったのだろう。

26話

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