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<11話
白を基調としたアンジュブランへの変身シーンを、いつも貴臣は惚れ惚れと見つめている。背が高く手足の長い昴は、敵の攻撃を避けながら天使のように舞うステップが滑稽にならずにまるでフィギュアスケートの選手を見ているかのようだ。
今日はもう貴臣の撮影はない。それでも帰らないのは、昴と帰りに一緒に夕飯を食べに行く約束をしたからだった。自分が撮影を控えている状態だと昴の演技に集中できないのだが、今日はじっと見つめていられるので幸せだった。
昴は可愛くて、きれいで、そして誰よりも格好いい。演技も上手いし、ただファンをしていたときと違って共演仲間となってみると気遣いもできるし、まさしく自分にとってのヒーローは昴なのだ、と貴臣は確信を深めた。
けれど態度には出してはいけない。あくまでも昴には自分が、「子役時代からずっとファンで共演できてテンションが上がっている役者仲間」であるという認識でいてもらわなければならない。
この深夜特撮ドラマ「光の聖典アンジュブラン」は神矢昴主演ということで注目され、始まる直前に二人で特撮雑誌(子供が読むようなものではなく、特撮ファンの主に女性が読むような雑誌だという説明だった)でインタビューに答えたことがある。
その頃はまだ今のように気軽に軽口を叩きあうような仲には至っていなかったので緊張していたし、昴の隣に座っていることが嬉しくて、テンションがおかしくなっていたのだろう、と今ならば思う。
『じゃあ次の質問です。相手が女の子だったら付き合える?』
ライターの女性の口から出た質問に先に飛びついたのは貴臣だった。
『付き合える!』
『うわ、即答じゃん』
呆れた口調にえへへ、と笑ってから「別に昴が女の子じゃなくても付き合えるけどね」と冗談――あのときは本当に冗談だったのだ――を言った瞬間、それまで笑っていた昴の顔色が変わった。
『録音止めて』
え、とライターの女性は言う。
『止めろって言ってるの』
やや乱暴な口調に驚いたのはライターだけではなく、貴臣もだった。いつも温厚な昴が怒っている。何が逆鱗に触れたのかわからないまま右往左往しているライターをよそに、昴は貴臣に向き直る。
無表情なまま睨んでくる昴に、嫌な汗が背中を伝う。
『久賀くんさぁ』
そのときはまだ「貴臣」とフレンドリーに呼ばれていなかったのもあって、その呼び方は今でも少しトラウマだったりする。
『そういうの、冗談でもやめてくれる? 俺、ホモって嫌いなんだよね』
冷たい視線だった。慌ててごめん、と謝ると「わかってくれたならいいや」とばかりに微笑んで、いつも通りの穏やかな表情を浮かべてライターに録音の再開を許した。
「……まーたぼんやりして」
はっとすると、撮影が終わった昴がタオルで汗を拭きながら目お前に現れた。
「ほんっとうに貴臣は俺のファンなんだなぁ」
「そりゃまあ、ファン歴十四年ですからねー。それに今は、役者としても尊敬してるし」
へへ、と笑うと昴も嬉しそうだから、貴臣は今日も心の中で誓うのだ。
神矢昴には絶対、恋をしてはいけない。男を好きになってはならない。
食事の最中も何度か上の空になった貴臣を、昴は案じた。そのたびに曖昧に微笑んで「なんでもない」と首を横に振った。ならいいけど、と昴は肉を口の中に掻きこんだ。その様子は大きな目も相まってリスか何かのようで、貴臣は微笑ましい気持ちでいっぱいになって、カシスウーロンに口をつけた。
「細いのによく食うよなぁ」
「そりゃあ二十歳超えた貴臣と違って、こっちはまだ成長期ですから!」
一八五センチもあるのにまだ成長するのかよ。溜息をついた貴臣に「へへ」と笑う昴に、貴臣は自分が今どういう状況に置かれているのか言うことはできないのだ。
>13話
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