愛奴隷~Idol~(24)

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23話

 当然だが、貴臣が打ち上げをすっぽかすことはできなかった。他の仕事のスケジュールの調整も敏腕マネージャーが完璧にこなして、ジャケットにスラックスといういつもよりはフォーマルな格好で、ホテルで行われる打ち上げ会場にたどり着いたのは、パーティー開始時刻の十分前だった。

 ぎりぎりになるようにしたのは、当然昴に会いたくないからだ。昴が主演で貴臣は準主役ということで、絶対に二人で一組にされるのはわかっている。パーティー中は仕方がないが、その前に会って長々と雑談に興じるつもりはなかった。

 会場に足を踏み入れると、案の定昴が真っ先に気が付いて「貴臣!」と手をぶんぶんと振って近づいてくる。軽く手を挙げて応えると、昴の後ろに見覚えのある姿を認めて、貴臣は会釈した。

「久賀くん。遅かったね」

 長身の貴臣や昴から見ると随分と小柄だ。撮影現場に現れては監督を始めスタッフに「邪魔!」と言われていたのが印象的だった。三十五歳だという年齢の割に幼く見えるのは、学生がかけるようなチープなセルフレームの眼鏡のせいだろうか。

葉山はやまさん。ご無沙汰しています」

 葉山は、宝谷たからや撮影株式会社に所属する『光の聖典アンジュブラン』のプロデューサーだ。宝撮の特撮はしばらく途絶えていたのだが、深夜とはいえ復活させた敏腕のはずなのだが、見た目がそうとは思えない。よく何もないところで転びそうになっているのを見かけた。貴臣たち若いキャストからはよき仲間、よき兄としての存在である。

「ほんとだよー。こないだもトーク途中で打ち切りやがって」

 昴が口を尖らせて、貴臣の頭をこつん、と殴る素振りをした。あはは、と笑って「ごめんごめん」とさりげなくその手をよける。ホモなんて気持ち悪い。そう思っている昴が、そのホモであるところの自分に触れるのを嫌がるだろうと思ってのことだ。

 だが昴の反応は「え?」というものだった。一瞬だけ目が合った。そのときの表情は確かに困惑を示していた。貴臣は視線を逸らしtえ気が付かなかったことにした。そして葉山に向き直って、新しい仕事の話をし始めた。

 そうこうしているうちにパーティーが始まろうとしていた。時計をちらちらと見ている葉山に「どうしたんですか?」と問いかけると、「うん……そろそろ来るころかな、と思ってね」と謎めいたことを言う。

 その答えが氷解したのはそれからすぐにだった。解けたわけではない。より一層「なぜ」という思いが深まっただけだ。

 葉山が顔を上げて「ようやく来た」という表情をした。貴臣と昴は彼と対面していたので、それが誰なのかわからなかった。

「やあ、葉山くん」

 その声は貴臣にとって、非常に聞き覚えのある声だった。つい三日前も、ベッドルームで「可愛いね」「いけない子」と飴と鞭で囁かれたものだった。

 聞き違いならばいい、と振り返った貴臣は眩暈を覚えた。自分の主人の声を、貴臣が聞き間違うはずもない。

 名前を呼ぶことはできなかった。

「初めまして。牛島達樹です」

 そう先手を打たれてしまっては。

「葉山さん、この方は……?」

「ああ、えっと……僕が昔世話になった人でね。アンジュブランを見て気に入ったから、ぜひ君たちに会いたいってことで、プロデューサー権限でちょっと、ね」

「神矢昴さん? ラストシーンの笑顔、本当に最高でしたよ」

 ありがとうございます、と昴は嬉しそうに笑った。子役時代のことについて触れられるのをあまり好まないので、シンプルに今の演技についてだけ感想を言われるのは新鮮なのだろう。

 牛島はそれから、貴臣に向き直った。

「久賀貴臣さんですね? いやぁ、随分と違うんですね」

「……よく、言われます」

 違うだろう。あなたの言う違いは、素の自分に向けられるものではなくて、役に入り込んでいる自分の方に対しての感想だろう。素の自分は――他の誰も知らない部分まで――すべて牛島に知られているのだから。

 葉山の不安そうな視線を感じた。目を合わせて、にっこりと微笑む。きっと自分の態度が硬いのが気になったのだろう。大丈夫。自分は役者なのだから、取り繕って牛島とは初対面だと見せかけよう。

「葉山さん。そろそろ時間じゃないですか? プロデューサー挨拶、最初でしょ?」

「あ、ほんとだ。……じゃあ牛島さん、主演の二人に失礼なことしないでくださいよ?」

「おいおい。お世話になった先輩に向かってその言いぐさはないだろう?」

 肩を竦めて言う仕草に、やはりこの男は役者をやるべきだ、テレビではなくて舞台の、と貴臣は思った。

25話

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