愛奴隷~Idol~(7)

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6話

 変装はやりすぎてもよくない。誰かの目に留まってしまう。街の風景に溶け込むように洋服を選ぶ。サングラスも善し悪しだ。目立ちすぎることがある。

 ただ今日の行き先は噂でしか聞いたことのない、いわゆる新宿二丁目という場所だったので、どうすればいいのか見当もつかなかった。どうしよう、と悩んだ末に無難にTシャツの上にジャケットを羽織り、黒縁の太いフレームの眼鏡をかけ、今演じている役柄とは異なるヘアセットをした。昴ほどの知名度はないが、念のためだ。

 電車で移動をして、スマートフォンの地図アプリを参考に、名刺に書かれていた住所まで歩く。その間も誰かに見られているんじゃないか、と気が気ではなかった。

 俳優・久賀貴臣がゲイだという疑惑が週刊誌に書かれたら困るのは自分だけではない。酒井も、事務所にも迷惑がかかる。共演した昴にも。こそこそと入っていっても目立つだろうから、少し離れたところで一度立ち止まり、深呼吸をして、不自然にならないように入口へと向かい、扉を開けた。

 星月夜という名前のバーは、シンプルな内装だった。ここがゲイバーなんて貴臣には信じられなかった。開店前の店の中にいるのは店員が二人。背の低い、貴臣よりも年下に見える青年(少年、と言ってもいいような容姿だった)が貴臣に気が付く。

「ちょっと、まだ開店前なんですけどぉ」

 わかっていて来たのだ。営業中にゲイバーの門を叩くような度胸はない。ゲイだと指をさされるのは嫌だった。勇気を出してきゃんきゃん噛みついてくる小型犬のような青年に対して、牛島の名刺をそれこそかの有名な副将軍の印籠のように取り出して見せる。

「牛島さんに、困ったらおいでって言われたので来ました」

 いらっしゃいますか? 

 声が震えていないか自分ではわからなかった。じろじろと探るような目で見られて、自分が俳優だとばれそうで目を逸らした。それがまた怪しい、と青年はじとっとした目で睨んでくる。

 助け舟を出してくれたのはカウンターの中にいた背の高い寡黙な青年だった。小柄な青年が吠えている間に奥へと引っ込み、牛島を連れてきてくれた。

「牛島、さん」

 ほっとした。あんなことをされたというのに貴臣は心を許していた。

 姿を現した牛島は貴臣の存在を認めて目を瞬かせて、そして細めた。にやり、と好色そうな表情なのに、ちっとも不快ではない。普通の日本人の中年男がやればセクハラだと世の若い女性たちが糾弾するような顔でも、どこかラテンの血を感じさせる牛島だと様になっている。なるほどこれがジゴロっていうやつなのかもしれない。

「来てくれたんだ」

「……困ったら来いって、言ってたから……」

 どうぞ、と席を進められるままに座った。そわそわしている貴臣を気遣ってなのか、背の高い青年に「彼に飲み物を」と頼んでいた。

「アルコールは平気?」

「え、あ、はい」

 軽く会釈をした青年はカウンターに戻ると、黙ったままカクテルを作り始めた。その横ではまだもの言いたげに小柄な青年が貴臣を睨みつけている。

「で? 相談はなんだろう?」

「えっと……」

 ちらちらとカウンターを気にする貴臣に、「ああ」と牛島は笑った。

「彼らのことは気にしなくていい。聞こえた話の内容を口外するような奴らじゃない。そう躾けているから。なぁ?」

 ちらりと流し目を受けた青年たちは、頬をやや染めて視線を逸らしつつも頷いた。躾けるって、まさかそういうことなんだろうか、とまじまじと二人を見ると、「なんだよっ!」とまた噛みつかれた。

 バーテンダーの青年が出来上がったカクテルを持ってくる。すぐに引っ込んで、二人で開店準備を始めたのを見て、ようやく貴臣は口を開いた。

「その……身体、おかしくて」

「おかしい?」

 芝居がかった眉を跳ね上げるなんていう動作が似合うなんて、役者にも滅多にいないだろうと貴臣は思う。端正だというのではない。適度に崩れているのに、いや、崩れているからこそ牛島は愛嬌があるし、憎まれることもないのだろう。後ろで束ねた長髪が緩さを演出している。だから貴臣も、最初は緊張したけれどゆっくりと口を開いた。

「一人でするときも、後ろいじったりとかしないと、イけなくて」

 本当はもっとすごい妄想をして抜いたけれど、そこは本筋には関係ないだろうから省いた。一生懸命に自分の身体の状態を話し切った貴臣に対して、牛島は一度目を閉じて、それから開いた。

 目の力が強い男だと思う。役者にはそういう人間が多いが、牛島のようにその力の強弱を極端にコントロールできる人間はさほど多くはない。じっと見つめられて貴臣は臆した。それを気取られないように、虚勢を張った。

「それで、君はどうしたいんだ?」

 どうしたい? どうされたい? 答えは決まっているけれど、口に出すのは恥ずかしいし、本当に後戻りできなくなる。さあ、と言ったきり牛島は答えを急かすことなく、黙って待っている。だが視線は雄弁に語る。

 素直にならない悪い子には、何もしてあげないよ、と。

 ここまで来て後戻りも何もあるか、と貴臣は口を開く。

「……続きを、してください」

 口元と目元を牛島が緩めると、その場の緊張感も緩んだ。ほっとした貴臣はようやくカクテルに手を伸ばし、口をつけた。

 白くてとろりとした喉越しの甘い酒は、喉の奥でかっと燃えた。

8話

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