<<はじめから読む!
<11話
財布の紐を引き締めつつ、フロアを回遊していると、「十八歳未満入場禁止」の文字が書かれたのれんで区切られたコーナーにさしかかった。
コンドームやローション、大人の玩具を購入するのは通販オンリーだが、たまには実物を見ながら選ぶのもありかもしれない。
完全に気まぐれだった。胸騒ぎや予感がしたということは、一切ない
のれんをくぐる。すると、一際背の高い仏頂面がアダルトグッズを手に取って吟味しているのがすぐに目に入り、千隼は思わず棚陰に逃げた。
いや、確かにここは、九鬼の勤め先からも近いし、買い物に来ることはあるだろうけれど!
まさかのアダルトコーナーでの遭遇に、千隼の心臓はバクバクだ。落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせる。何度か深呼吸をすると、ようやく心音は静かになり、ふと思う。
どうして隠れる必要があるんだ?
互いに健全な成人男性だ。セックスもするが、自慰はまた別だ。そのための道具を購入することは、何もおかしいところはない。
そろりと出て行って、背後から「よ」と、軽く背中を叩いて声をかければいい。不意をつけば、ひょっとしたら九鬼の焦った表情が見られるかも。
悪戯心も多少あり、話しかけようと一歩踏み出した。そこで初めて、彼がひとりではないことに気がついた。体格のいい彼の陰に隠れて、小柄な女性がいる。
最初は、たまたまそこにいただけの、無関係な人物だと思った。
けれど、女性は九鬼のことを見上げ、話しかけている。
はにかむ笑みが可愛らしい。映像ソフトコーナーのパッケージに映る、新進気鋭のアイドル女優にも負けず劣らずの容姿である。
若い女の子が、バイブやローターを手にしている光景は、オナホを購入しに来た男性客の目を引く。しかし、隣にゴツい男が立っているのを見て、彼らはみんな、慌てて視線をはずす。
凝視しているのは、千隼だけ。
我に返った千隼は、錆びついた足を無理矢理動かして、こっそり回れ右をした。
どう見ても、仲睦まじいカップルだった。二人で使うラブグッズを選ぶなんて、付き合いが長く、セックスにマンネリ防止が必要な恋人たちくらいだろう。
すなわち、自分と最低週一でセックスしながら、彼女とも付き合っていたということにほかならない。
頭から二人の姿が離れずに、千隼はふらふらと店をさまよい出た。
買おうと思っていたものを、何も買わずに帰ってきてしまったことに気づいたけれど、もう何もする気力が湧かず、連休の最終日を、ぼんやりと過ごした。
>13話
コメント