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<15話
『勝ちたいなら、まずは敵を知らなきゃ』
幹男のアドバイスを活かすべく、まずは九鬼に酒を勧めた。
初めて関係を持ったときもそうだったが、彼は酔うと判断能力が鈍り、多少饒舌になる。そして自分より酒に弱い。
「ほら、お疲れさん」
傾けたグラスにビールを注いでやる。次は焼酎にするか日本酒にするか。最初からちゃんぽんで飲ませる気満々である。
名物の唐揚げが来たときには、九鬼の目はすでに据わっていた。ただでさえよくない人相が、極悪人のものに変わっている。
まぁ、そんな九鬼も男前だ。あばたもえくぼ、というやつである。
「骨付きか……」
言いながら、九鬼は手づかみでいった。骨ごと食らわんばかりに豪快に口を開け、肉を引きちぎった。指に移った油を舐める仕草に、身体の奥がぞくぞくした。
この手で、唇で触れられたい。これまでどうして、我慢できたんだろう。見れば見るほど、九鬼の身体は、千隼の好みであった。
「食え」
見惚れるばかりで、完全に手が泊まっている千隼に、九鬼は唐揚げの入った大皿を寄越す。言葉は強い命令形だが、彼の気遣いだ。
千隼はひとつだけ、自分の皿に取った。
「残りは食えよ。好きだろ、唐揚げ」
と、皿を押し戻す。
九鬼はよく食べ、よく飲んだ。常は引き結ばれている唇が、ゆるく開き始めたのをを見計らって、千隼は切り出す。
「仕事、忙しいのか?」
「んん……」
存外、可愛らしい仕草で九鬼はこくりと頷いた。
これがギャップ萌え、というやつか。不意に心を掴まれかけたが、きゅんとしている場合ではない。
再来月の盆休みを平穏に過ごすために、様々な作業を前倒しで進めている最中で、来月になればもっと忙しくなる。
そんな愚痴を聞いたところで、千隼は少しずつ本題に迫っていく。
「編集部員が増えれば、負担も減るのにな。ちなみに今って、何人で動いてんの?」
アダルト向けのコミックや官能小説、AV女優のヌード写真集など、読み手の限定される書籍を専門に扱う出版社は、そもそも規模が小さい。
彼は指折り数えるまでもなく、「社員が四人。外部の編集スタッフが二人の計六人」と即答する。
千隼は唇を舐めて、次の質問へ。
「へー。それってさ、全員男? エロ漫画なんて、女の人は嫌がりそうじゃん」
「いや。女性も二人いる」
千隼の目が光ったことに、酩酊した九鬼は気づかない。
>17話
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