<<はじめから読む!
千隼の脳裏によぎるのは、もはや顔もはっきりとは思い出せない男の姿。仲間を探したくて進学した男子校の、二学年先輩だった。
柔道部で、いつも自分の汗の臭いを気にしていたけれど、千隼にとっては香水もかくやと言わんばかりのいい香りだったことだけは、記憶に残っている。
自慢じゃないが、当時の千隼は、それはそれは美少年であった。たいした手入れをしなくても、肌はピチピチと弾力があったし、華奢な体躯は少女めいていた。
女慣れしていない先輩は、そんな自分に懐かれて、悪い気はしなかったのだろう。
『姫野相手なら、俺、男でも全然イケる』
千隼は今とは違い、よく言えば純粋であった。もっと端的に言うならば、馬鹿だった。何度も言われれば、本気にしてしまう。だから、彼が卒業する前に告白した。
結果は推して知るべし。
『でも、その人実際、あんたとエッチできてるんでしょ? もうちょっと認めてあげたら?』
「えー」
談笑しているタイミングで、スマートフォンが震えた。要件のみの短い文面は、アプリを開かなくても全文読めてしまう。
今日、泊まりにいってもいいか。
絵文字も追撃のスタンプもない、味も素っ気もない文面を見て、千隼はポテトチップスのくずをいそいそとかき集めて捨てた。その姿をモニター越しに見て、幹男は何があったのかを悟ったようだ。
『そんな嬉しそうな顔して、なーにが信用できない、よ』
「う、うるさいうるさい! もう切るからな! 俺はこれから忙しいんだ!」
幹男のハミングのような「はいはーい」という返事を最後まで聞かず、千隼は通話を切断した。
メッセージの相手は、幹男との会話に出てきた「彼」である。
千隼は「OK」のスタンプひとつで返事をして、そのままスマートフォンを放った。
そうこうしていられない。ノンケのタチを相手にするネコには、準備すべきことが山ほどあるのだ。
>3話
コメント