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<21話
にっこり笑顔はそのままに、千隼は九鬼の腕に自分の腕を絡ませた。困惑する女性に、千隼は宣言する。
「君さ、こいつと付き合ってるみたいだけど、知ってる? こいつ、俺とも寝てんの。俺に突っ込んだチンコで、あんたにも突っ込んでんの。意外でしょ? 真面目そうな顔してんのにね。結婚とか考えてんなら、やめといた方がいいよ」
一気に捲し立てた。若い彼女を不幸な結婚から救うための忠告ではなく、ただのマウントだ。
彼女も九鬼も、千隼の暴言に、呆気にとられていた。先に我に返ったのは、女性の方だった。
彼女は、可愛らしい顔に険しい表情を浮かべた。もとの顔立ちがいいせいで、それは憂いを帯びた凜々しい顔にしか見えず、千隼の嫉妬を余計に煽り、舌を勝手に動かしていく。
「あんたとどんなセックスしてんのかは知らないけどさ、それ、ぜーんぶ俺が教えたんだからね?」
どれほどひどい顔をしているだろう。
学生時代、大概の我が儘を許容していた友人たちですら、たぶん今の状況を見たら、引いて離れていくに違いない。
「何を言っているのかわかりませんが、九鬼さんに対して失礼ではありませんか?」
眉を釣り上げ、可愛らしい声を低くして、彼女は怒りをぶつけてくる。侮辱されているのは自分もなのに、九鬼に対する非礼にまず怒るのが、彼女の人間性を表している。
高潔で、ご立派な性格。妬みのあまりに当たり散らす自分とは、大違いだ。
そりゃ、性別とか関係なしに、彼女を選ぶだろう。
千隼は無言で、九鬼の横をするりと抜けて逃げた。結局九鬼は何も言わず、動かない。恋人にかばわれるだけかばわれて、情けない男。
なのに、なんでこんなに好きなんだろう。
千隼は会社のビルから駅まで走る。しかし、普段から運動をしていない千隼には、全力疾走するには遠すぎた。
肩で息をして、速度が遅くなっていく。完全に足を止めてしまうよりも一瞬先に、手首を強く掴まれ、引き寄せられる。
彼は今もなお、時折休日に剣道場を訪れては、同門の若者たちを無意識に威圧しているらしい。
運動している九鬼にとっては、鈍足の千隼を捕まえることなんて、朝飯前。息ひとつ乱していない。
「姫野。話をしよう。きちんと」
掴まれていない方の手をだらりと力なく落とした千隼は、もう逃げる気力もなかった。
>23話
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