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<22話
おとなしくなった千隼を連れ、九鬼は適当な店に入った。勝手に二人分のアイスコーヒーを注文すると、じっとこちらを見つめてくる。
話をしようと言ったはいいものの、九鬼はどこから切り出せばいいのかわからずに、口を真一文字に引き結んだままである。
運ばれてきたコーヒーに口をつけてから、千隼は「彼女のことは、放っておいていいのかよ」と、ぼそりとつぶやいた。
会話のきっかけを提供されて、九鬼は肩の力を抜いた。自分から能動的にするコミュニケーションが苦手な彼は、ようやく話をすることができるようになる。
「先生には帰ってもらった。打ち合わせは終わっていたしな。ちゃんと話をして誤解を解いてこいと怒られた」
先生? 誤解? どういうことだ?
千隼の混乱をひとつひとつ解消すべく、まず九鬼が取り出したのは、彼が作っている雑誌だった。当然、店の真ん中で出すような代物ではない。
慌てて表紙に覆い被さるように隠して、辺りをキョロキョロするが、周囲の客も店員も、特に気にした様子ではなかった。
「あの人は、乳山珍宝先生だ」
「は?」
よく見れば、九鬼の取り出した雑誌の表紙絵は、見覚えのある乳山珍宝のイラストである。
胸や尻が過度に大きい。陰部こそ出ていないものの、ビキニは現実にはありえない布面積の小ささで、乳首の形がはっきりとわかるし、下半身は濡れた質感で描かれている。
こんな扇情的なイラストを、あの可愛らしい女性が?
「いやいやいや、嘘だろ」
「嘘じゃない」
強く言い切り、九鬼は「そもそもなぜ、姫野が乳山先生の顔を知っているんだ」と、疑問を呈した。
まして、恋人と勘違いするなんて。
エレベーターから一緒に降りてきただけで、深い仲だと思い込むのは、さすがに妄想がすぎる。
千隼は、正直にあの日見たことを話した。
「アダルトグッズを二人で選んでるなんて、どう考えても恋人同士だろ」
九鬼は記憶を掘り返してから、「ああ」と頷いた。
「あれは、乳山先生の資料集めだ」
通販サイトで写真やレビューを見ながら買うよりも、実物を手に取って選びたい。乳山のこだわりに、九鬼は付き合った。
何せ、あの容姿である。専門店ではないとはいえ、性質の悪い男に性的なからかいや嫌がらせを受ける可能性は、じゅうぶんに考えられた。
九鬼は九鬼で、この顔と身体だ。身長も平均よりずば抜けて高いし、表情筋はぴくりとも動かない強面。担当編集ということを抜かしても、ボディガードには最適である。
一応は納得できる理由とはいえ、面白くはないし、信用していいのかもわからない。
九鬼も、千隼の中にくすぶったままの疑念については、察している。
>24話
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