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<23話
「……ところで。今日は会社まで、何しに来たんだ?」
「あ」
恋人ショックで忘れていた。千隼は鞄の中から、九鬼のスマホを取り出す。
「これ、忘れていったから」
九鬼は手に取って、ふと千隼の顔を見つめた。意味ありげな視線に、小さくなる。
「ほら」
俯く千隼の眼前に差し出されたのは、スマートフォンには、乳山珍宝とのトーク画面が映し出されていた。
仕事に大きく関わるやりとりを、自分のようなものが見てもいいのか。
おどおどしつつ、千隼は受け取り、画面をスワイプしていく。
「これは……」
確かにそこには、乳山珍宝との漫画についてのやりとりがあった。仕事ということもあって、自分に送ってくる文章よりも、ずいぶんと長い。
新作のヒロインについての相談などもあったが、千隼の目を引いたのは、そこではない。
『九鬼さん、リモートにしないんですか?』
『出勤しないと、あいつの家に上がり込む口実を失うので』
『恋人なんだから、口実なんていらないでしょ。笑』
『家に行く理由なんて、会いたいからでいいんですよ。ヤりたいから、でも可』
仕事の連絡の合間に差し挟まれていたのは、赤裸々なやりとりであった。
のろけとも相談ともとれる文は、味も素っ気もない点についてはまさしく九鬼なのに、内容がずいぶんと恥ずかしい。
「そもそも俺が、彼女の資料集めに付き合ったのだって、姫野のことがあったからだ」
「俺?」
まったく心当たりがない。
首を傾げた千隼に、九鬼は小さく溜息をついて、耳元で囁いた。
「タンスの中に、ああいうのいっぱい持ってるだろう」
耳に直接響く低音ボイスと、言われた内容の両方に、千隼の顔は真っ赤になった。
ああいうの。つまり、千隼が自分のアヌスをほぐすため(そして自慰行為のため)に使用している、大人の玩具のことだ。
特にプライベートな品である自分の下着類と一緒に隠してあったのに、どうして見つけられたのか。
取り乱す千隼を、落ち着かせた九鬼は、
「まぁいろいろあって見つけたわけだが……ショックだった」
と、言う。
自分には指一本触れさせない。そのくせ、自分との性交では満足せずに、男性器を模した卑猥な器具を利用して欲求を満たそうとする千隼に。そして、そうさせている自分自身に。
ちょうどその件で悩んでいるときに、乳山から資料集めをしたいと相談を受けた。千隼の使っている玩具のことが気になって、九鬼は買い物に付き合うことにしたのだという。
パートナーが、こっそりとこういうものを使っている。自分との行為に満足していないのではないか。
そう相談した際、九鬼は千隼の存在を彼女に告げた。性別を隠すこともできたが、乳山の方が一枚も二枚も上手で、気づけば男だということを白状させられていた。
千隼は驚いて、九鬼のものだというのにスマホを落としてしまった。
>25話
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