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<2話
九鬼武士とは、高校が同じだったが、在学中に言葉を交わしたのは、数えるほどであった。
漫画やアニメをこよなく愛する彼は、しかし、一般的なオタクのイメージとは程遠かった。
ヒョロヒョロのもやしでもなければ、脂ぎった肥満体でもない。体育の着替えのときに、惜しげもなくさらされる肉体に釘づけになったのは、千隼だけではないだろう。
高校生離れした頑健な身体は、思春期男子にとっては憧れの的である。後に剣道を続けていると知って、納得したものだ。
九鬼はいつも表情が変わらない。彼の感情の波は、常に一定を保っている。話しかければ無碍にされることはないが、必要以上に話すのを億劫と思っているのか、会話にはならない。キャッチボールではなく、壁打ちをしている気分になって、相手が話をやめて去って行く。
一番長く話をしたのは、そう。先輩に振られた直後だったか。
「姫ちゃんさあ、焼酎なんて飲むの? もっと可愛い酒にしなよー。カルーアミルクとか!」
飲み放題メニューが豊富な居酒屋で、飲む酒を指定してくるなんて、無粋な奴。
ムッとした表情を隠そうともせずにいる千隼に対し、相手の男は何も感じないのか、首に腕を回してくる。
気楽な学生も、そろそろ終わり。春からは社会人になる人間が多いということで、東京にいる同窓生で集まろうという話になった。
千隼自身は、専門学校を卒業してすでに就職していたのだが、最後だから来てくれと懇願されたので、無理矢理仕事を抜けて来た。定時退社は久しぶりであった。
姫野という苗字と、気の強さが如実に表れたツンと可愛らしい顔立ちのため、千隼は高校一年生のときから、クラスではお姫様扱いされていた。
宿題を忘れれば見せてもらえるし、大掃除のときには力仕事を免除される。
その代わり、彼らの望むような反応――例えば、下ネタには大げさに顔をしかめて「やめてよー」と言ってみたり、部活の試合のときには、握った両拳を顎の下に持っていって「頑張って!」と、ぶりっこ仕草で激励したり――をする。
当時はこちらにも利益があったのでやっていたが、今となっては何の意味も見いだせない。はっきり言って、うっとうしいだけだった。
上司の「もう帰るの?」という嫌味のあとでも、我慢しなきゃならないなんて、うんざりする。
適当にあしらっていると、いくつかに分かれて盛り上がっていたグループのひとつが、ワッと声を上げた。何気なくそちらを見て、輪の中心にいるのが九鬼だと気づいたとき、「あいつも来てたんだ」と思った。
しかも、彼が話題になっているのなんて、在学中ですら見たことがなかった。
聞き耳を立てていると、彼らは九鬼の就職先について盛り上がっていた。
>4話
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