JCの半分は妄想でできている

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短編小説

 中学生になって、初めての授業参観日だった。来なくていいよ。朝出かけるときに、寝ぼけ眼のおいちゃんにはそう言ったけれど、来てくれたのは嬉しかった。ママは仕事が忙しくて、なかなか来られなかったから。

 たとえ襟のゆるいTシャツにジーパンなんていう、近所のスーパーに行くときと同じ格好でも、おいちゃんはイケメンだから許される。

 先生の目を盗んでこっそりと後ろを向き、手を振った。おいちゃんはすぐに気づいてくれて、「前を見なさい」と苦笑しながらも、手を振り返してくれた。

「あの若いイケメン、莉々りりのお父さん?」

 授業が終わって親たちが別室に行くなり、隣の席の雪歩ゆきほが早口で尋ねてくる。鼻息が荒いのにちょっと引きつつも、小さく頷いた。

「お父さんじゃなくて、叔父さんなんだ」

 うち、母子家庭だったんだけど、ママが五年生のときに死んじゃったから。

 特に隠していても仕方のないことだったので、何でもないことだと装い、さらりと答えた。イケメンに興奮していた雪歩が、「しまった」と動きを止める。

 こういうとき子供って、いやたぶん大人でも、どんな風に反応するのが正解なのかわからないから嫌だ。

「ごめん」

「ううん。こっちこそ」

 誰も悪くないのに謝っているのもおかしい。家族の話なんて、誰もが当たり前のようにすることなのに、親のいない子供には、そこに参加する権利が与えられない。

 実の親じゃなくても、おいちゃんは私にとっては家族だ。ことさらに明るく、私はおいちゃんとのあたりさわりのない、ありきたりなエピソードを語って聞かせる。

 おいちゃんはイケメンだけど、家では中学時代のジャージをずっと着ていることだとか、月に一回は洗顔フォームで歯磨きをして、朝から泣きそうになっていることだとか。

 雪歩は「うちの弟もよくやるよー」などと、ゲラゲラ笑って気まずい雰囲気を忘れてくれた。ホッとしたけれど、教室にいるのは私たちだけじゃない。

「叔父さんって、年はいくつなの?」

 斜め前の席に座っている藍沢あいざわさんに話しかけられて、雪歩は笑いを引っ込めた。席が近いから挨拶はするけれど、そのくらいの付き合いでしかない。友人とはとてもいえない彼女に、

「確か二十五だったと思う。お母さんとはけっこう年が離れてるんだよね」

 突然話しかけられて困惑しつつも返す。

 口にすると自分でも、「若いな」と改めて思う。私を引き取ってくれたとき、おいちゃんはまだ、大学生だった。

「えーっ。本当に若かったんだ! 叔父さんっていうよりもお兄さんじゃん!」

 私の戸惑いを理解し、盛り上げるために雪歩ははしゃいだ声を上げる。けれど藍沢さんは、眉根を寄せている。その顔は不愉快というよりも、どこか心配そうな表情で、私はもぞもぞと座り直しつつ、「それで、藍沢さんは何が言いたいの?」と聞いた。

「気を悪くしないでほしいんだけど。それ、大丈夫なの?」

 言わんとすることが理解できないので、はっきりと言ってほしい。そう言っても、謎かけは続く。

「その……『源氏物語』って知ってる?」

「聞いたことはあるけど」

 光源氏っていうイケメンが、いろんな女の人と恋人になる話。おいちゃんはイケメンだけど、私の知る限り彼女がいたことはないので、そんな浮気者と一緒にしないでほしい。

 いや、あの年で彼女がいたことないっていうのも、どうかとは思うけど。

「その中に紫の上っていう人が出てきてね……」

「もう! だからなんなの!」

 叫んだのは私じゃなくて、雪歩だった。机をバンバン叩いて、「もっとはっきり言わないと、莉々もわかんないじゃん!」と、激しく主張する。

 あまりにもうるさいので、教室中の注目を浴びる。優等生で目立つのが嫌い。学級委員もそれで辞退した藍沢さんは、あわあわしつつ、私と雪歩だけに聞こえるように教えてくれた。

「だから……」

 叔父さんがあなたを引き取ったのって、自分の恋人にしようだとか、そういうことをしようっていうんじゃないの? 

 って。

「ただいま……」

 今日は昼まで。一緒に帰ろうと誘ってきたおいちゃんに、用事があると嘘をついて学校に残った。部活をやっているわけでもない。おいちゃんは追及することなく、「あまり遅くならないように」と、私の頭を撫でた。

 中学生で制服姿。外でお茶をしたら、確実に補導される。ぶらぶらしていたらお腹だって空く。結局、校内で時間をつぶすしかなく、図書室へ向かった。

 藍沢さんに教えてもらった『源氏物語』をわかりやすくまとめた本を見つけたので、パラパラ捲ってみる。

 若紫と呼ばれる章で、光源氏は思い人である藤壺とそっくりな幼女を見初める。彼女を手元に置きたいと思った源氏は、保護者の尼君が死んだ後、さらうように自分の屋敷に幼女を連れ帰る――

 なるほど、藍沢さんの言いたいことはわかった。私がこの女の子で、おいちゃんが光源氏だと言うんだろう。挿絵の光源氏がおいちゃんになる。悪くない。可愛らしいお姫様と私は、重ならないけれど。

 おいちゃんがそんなことするわけない。だって、小さい頃から遊んでくれた唯一の親戚だ。

 母方の祖父母はもうとっくに死んでいる。養育費を払わず、一度も面会したことのない父親なんて、どこで何をしているのか知らない。今更引き取りに来たって、家族にはなれない。

 おいちゃんが引き取ってくれなかったら、私は施設に入れられていた。私立中学への進学なんて、夢のまた夢だった。公立中に進学していたら、親なしだって、入学早々にいじめられていたかもしれない。

「おかえり。お昼ご飯の支度するね」

 先に帰宅していたおいちゃんは、洗濯物を取り込んでいた。手伝って、と言われればやるけれど、基本的に家事はおいちゃんが全部やってくれる。いつもなら、なんてことのない風景。

 けれど、藍沢さんがあんなこと言うから!

「ぎゃー! おいちゃん、ストップ!」

 彼が手をかけようとしているのは、私の下着。色気も何もない、白いパンツとカップ付きのキャミソールを、慌てて回収する。

「莉々?」

 突然叫ばれてきょとんとしているおいちゃんをリビングに残し、部屋に引っ込む。

 信じていない、わけじゃないんだけど。

 しまうついでに、そっと引き出しを開けて、下着の数を数える。いち、に、さん……あと、今つけてるのでよっつ。

 よかった。ちゃんと全部ある。

 へなへなと座り込むと、どっと疲れがきた。

 今日の洗濯から、自分の下着は自分で洗う!

 そう宣言すると、おいちゃんは持っていた箸を落とした。それから自分の臭いをくんくんと嗅ぐ。その仕草も相まって、「おいちゃん、加齢臭する……?」と、困り顔で聞いてくるのは犬っぽかった。

「まだそんな年じゃないから大丈夫だよー」

「えー?」

 箸を拾って手渡しても、まだ臭っている。二十五歳。加齢臭よりもどちらかといえばまだ、汗臭いかどうかを気にするものじゃないかな。おいちゃんは、どっちも大丈夫。無臭? うーん、シャボンの匂いがする、かな。

 思えば、おいちゃんは不思議な人である。

 ママが生きている頃から、私をよく預かってくれていた。長い時間をともにしたが、バイトや就職活動をしている素振りはなかった。スーツも、卒業式と入学式でしか見たことがない。

 いつも家の中では適当な服を着ていて、時折部屋に籠もりきりになる。私の世話をするときだけ出てくるけれど、その目はイケメンも台無しの淀んだものだ。

 そして何より、時折やってくる……。

 ピンポン、の音に考えを邪魔される。荷物かな、と立ち上がったおいちゃんは、ドアカメラの画面を見て、ウッ、と苦しげな声を上げた。彼の背中を見て、私は「奴」が来たのだと察する。

「居留守は無理だよ。連打してるじゃん」

 ピンポンピンポンピンポーン。子供がいたずらしているみたいだけれど、いい大人同士のやりとりである。おいちゃんは諦めて、鍵を開けに行った。

「おう、カズ。やってっか?」

 ズカズカと偉そうに部屋に入ってきたのは、控えめに言ってもヤクザ。黒いスーツ、胸ポケットにささったサングラスは怪しすぎる。

 男はおいちゃんの顎を掴んで上を向かせ、顔色や白目の色をチェックして、鼻で笑う。

「よーく寝た顔をしてやがんな。終わってんのか? ああ?」

「こ、子供の前だから、そういう言葉遣いはやめてくれっていつも言ってるだろ」

 そこで初めて、この男は私の方を見た。ただ視線を向けただけなんだろうけれど、睨まれている気分になって、いそいそとご飯を掻き込んだ。

「おい嬢ちゃん。後片付けくらい一人でできるな?」

 疑問じゃない。命令だ。急いで食べ終えて、流しに向かう。

 この怖い人は、おいちゃんの仕事仲間だというけれど、あまりにも真逆のタイプすぎて、信じられない。

「後片付けしたら、図書館行くから!」

 この人がいると、なんだか家の空気がピリピリするから、好きじゃない。図書室にあった『源氏物語』の続きを読みに行くことにした。

「出かけるのはいいけど……不審者情報が最近回ってきてたから、あまり遅くならないようにね」

「うん」

「まぁ、お前みたいなぺったんこ、相手にされないだろうがな」

 ガハハ、と下品に笑った男の頭に、おいちゃんは思いきりチョップをかました。

「岩田。体型とか年齢とか、性別すら関係ないんだから。そういうこと言うなよ」

 真剣な顔で怒るおいちゃんは、いつものおいちゃんだ。そして、何のダメージも負っていないうえに、私に対して謝るでもない、この岩田という男も。

 さっさと洗い物を終えて、私はでこぼこな二人を置いて、家を出た。

 まあ、岩田の言うことも一理あるかな。

 図書室には漫画もたくさん揃っていて、『源氏物語』を読みに来たはずなのに、そっちに気を取られてしまった。名作だけじゃなくて、リアルタイムで連載されている少女漫画もある。

 長編だと買いそろえるのも大変。中学生だから漫画喫茶にも一人じゃ入れない。図書館の漫画コーナーは、いつも同じくらいの年頃の子供がたくさんいる。

 ほら、この漫画のヒロインだって中学生だけど、女の子らしい身体つきだ。

 思わず自分の真っ平らな胸を見下ろす。髪も短めだし、ズボンを履いていたら男の子に見えなくもない。襲われたりはしないでしょう、うん。男の人はおっぱいが大きい女の人が好きなものなのだ。岩田みたいに。

 少女漫画のヒーローは、ヒロインと同世代。それが普通。おいちゃんだって、自分と同じ世代の美人でスタイル抜群なお姉さんが好きに違いない。

 うちは叔父と姪という普通とは違う家族構成だけど、何もおかしいところはない。

 漫画に夢中になっていると、「あれ、栗原くりはらさん?」と、声をかけられる。顔を上げると、藍沢さんだった。難しそうな本を持っている彼女に、漫画ばかり読んでいるのが恥ずかしくなって、慌てて棚にしまった。

「もうそろそろ夕方だけど、帰らないの?」

 時計を確認するまでもなく、お腹が鳴った。顔が赤くなってしまった。

「そうだね。帰らなきゃ」

「待って。栗原さん、ひとり? 最近不審者が出て危ないって……」

 藍沢さんはお母さんらしき人とふたりで、「危ないから一緒に帰ろう」と誘われた。

「ありがたいけど、自転車だから」

 不審者が出ても、自転車で爆走して逃げればどうにかなる。藍沢さんは私を最後まで心配していた。

「大丈夫。私みたいなお子様体型には、変なおじさんも興味ないって」

 へらへら笑うと、彼女は怒っているようにも見える真顔で言った。

「ロリコンの男は、女らしくない体型を好むわよ」

 と。

 おいちゃんと私の関係は、あの日からぎくしゃくしている。おいちゃんの傍にいる人といえば、例の岩田だけ。女の人が訪ねてきたこともないし、おいちゃんが出かけていくこともない。

 やっぱりロリコン? 

 学校に行けば、藍沢さんがしつこい。特に何を言ってくるわけでもないのだけれど、じろじろと視線を向けてくる。心配してくれるのはわかるけれど、はっきり言って、そのせいで私はおいちゃんへの疑いを拭いきれないでいる。

 今まで何事もなかったんだから、これからも大丈夫。

 でももしかしたら、好みの年齢に育つまで待っているのかも?

 優しく見つめる視線さえ、おいしく育ったかチェックする目に見える。同じ空間になるべくいたくなくて、図書室で宿題をしてみたり、本を読んだり。

 おかげで中間テストの点数は、かなりよかった。おいちゃんも大喜びで、頭を撫でて褒めてくれたし、「今夜はすき焼きだ!」と、誕生日でもないのに言い出すほど。

「ただいま」

 小さい声だったけれど、おいちゃんは耳がいい。調理中でも聞きつけて、「おかえり」と返答がある。

「もうちょっと時間かかりそうだし、今日は暑かったから、先にシャワー浴びておいで」

「うん……」

 部屋に戻って支度する。タオルと部屋着と、換えの下着。

 ……下着?

 ハッとする。洗濯物を入れておくためのカゴの中を漁る。三セット。今着ているので全部だ。

 下着だけ洗うというのはやっぱり面倒。最初のうちは、なんだか女子力が上がった! てれれてってれー! っていう感じで、鼻歌交じりに手洗いしていたけれど、先延ばしにする癖がついてしまっていた。

 明日でいいや、明日でいいや……そしてパンツはなくなった。

 とりあえずこれは、お風呂場で洗っちゃおう。問題は、シャワー後。

 選択肢はふたつにひとつ。洗濯前の下着をもう一度身につけるか、ノーパンで過ごすか。   

 ……どっちも嫌だなあ。

 パンツだけならコンビニに買いに行くことも考えたけれど、洗濯物をため込んでいることが、おいちゃんにばれてしまう。あれだけ自分がやると言い張ったから、恥ずかしい。

 どの手段を取るのか悩んでいると、控えめに部屋のドアがノックされた。

「! はい!」

 慌てて洗濯物をかき集めて隠そうとしたけれど、おいちゃんが扉を開ける方が早かった。覆い被さってどうにかごまかそうとしたけれど、無駄だった。お腹の下にある下着は、おいちゃんに丸見え。

 私の行動を目を瞬かせて見ていたおいちゃんは、すぐにUターン、部屋を出て行った。そして戻ってきたときには、さっきまで持っていなかったものを手にしていた。

「そうなると思った」

 案の定、声にはちょっぴり呆れの色が混じっている。

 手渡されたのは、新品の下着。いつもと同じ真っ白な、子供っぽいパンツ。カップ付きのキャミソールも同じく白色。

「やっぱり俺が洗濯するよ」

 言って、おいちゃんは私の洗濯物を持って行こうとした。その手を私は、強く叩いた。

 大きくなってから引き取られたからか、おいちゃんは私を叱るときは、必ず言葉だけで叱る。叩かれたことは一度もない。

 だから彼は、自分の姪が暴力を知らないと思っていたのだろう。そんなわけないのに。突然手の甲に走った痛みに、おいちゃんは呆然とした。

「やだ!」

 何がどう嫌なのか説明することなく、私は素早く立ち上がり、渡された下着セットをおいちゃんに投げつけ、部屋を飛び出した。

 慌てて靴を履いて、外へと走り出す。背中に「莉々!」というおいちゃんの叫び声を聞きながら。

 だって、どんな顔で、女の子の下着を買ったの? お店の人に、変な顔されなかった? 

 それに、中学一年生だもん。もっと可愛いのとかオシャレなのとか、キャミじゃなくてブラジャーにも憧れる。色も白だけじゃなくてピンクとか水色とか、そういうのが欲しいのに、いっつも白!

 白い下着によって、私は子供に閉じ込められているような気がする。大人にならなくていい。おいちゃんのそのメッセージは、優しさ? それとも、欲望?

 ぐるぐるぐるぐる。思考だけじゃなくて足も回る。どこをどう走ったのかよくわからないけれど、いつの間にか近所の公園に辿り着いていた。

 疲れてしまった私は、とぼとぼとベンチに座る。家からそれほど離れていない場所だが、遠回りして辿り着いたせいで、足はパンパンだ。

 喉が渇いたけど、公園の水飲み場はちょっと使いづらい。昼間、子供がどんな風に使っているかわかったもんじゃない。ポケットを探ってみたが、小銭のひとつも出てきやしない。

 私にできることといえば、ベンチでぼーっとすることだけ。スマホもスクールバッグに入れっぱなしで、完全に手ぶらで飛び出してしまったから、何時になったら帰ろう、と決めることもできない。

 公園の中は薄暗い。私の座るベンチの横にぽつんと一本だけ立っている街灯に、名前も知らない羽虫がわさわさとたかっている。

「おいちゃんの、ばか」

 口に出して罵ってみたけれど、馬鹿なのは自分だ。藍沢さんの余計な忠告を、「まさか」と流すことのできない私が悪い。

 おいちゃんが、スーツを着て毎日出勤するまともな社会人だったら。彼女とデートに行くといって、私を放置する男だったらよかったのに。

 ずっと家にいて、私のことを最優先する、大好きなおいちゃん。

 でもそのせいで、私はつい想像してしまう。

 おいちゃんが私を抱き締めてキスをして、エッチな少女漫画でしか見たことのない行為をするところ。

 いくらおいちゃんが若くてイケメンでも、それはそれは気持ち悪いものだ。

 うーん、と唸り声を上げていると、ふと視界が陰った。人影に、もしかしてと思って、「おいちゃん?」と、顔を上げた。

 けれどそこにいたのは、おいちゃんではない。

 知らない男の人。スーツを着て、鞄を持っている。まっとうな会社員の格好をしているのに、私はなぜか、背筋がぞっとした。

 その男の人は、全力疾走したかのように、肩で息をしている。けれど、息切れはしていない。顔が赤くて、目が血走っている。

「お嬢ちゃん。具合でも悪いのかな」

 怖い。気持ち悪い。私は声も出せずに、首をぶんぶんと横に振って、立ち上がる。

 逃げなきゃ。

 けれど、私の足は動かなかった。手首を強く、男に掴まれた。

 そこでようやく私は、最近近所に出没するという不審者の話を思い出した。

 不審者というからには、もっと変な格好をした人を想像していた。季節と真逆の服装をしているだとか、全身紫色だとか。

 まさか、こんな普通の格好をした大人だなんて。

「やだ! 離して!」

 人気がない公園に、私の叫び声だけが響く。反対の手で私を拘束する手を叩くけれど、痛くもかゆくもなさそうだ。どころか、にやりと笑って両手を捕られてしまう。

「やだ! やだ!」

 スカートの丈は校則どおりなのに。

 胸も小さくて、男の子みたいな身体なのに。なんで私が、こんな目にあわなきゃならないんだろう。

 引きずられて、公園の中央に連れていかれる。タコの形の遊具があって、その中に引っ張り込まれる。

 ああ、いやだ。こんなところじゃ、誰も助けに来てくれない。

 大声で叫べば、誰かが気づいてくれると思っていたけれど、甘かった。

 おいちゃんにされるんじゃないかと怯えていたことを、見ず知らずのおっさんにされるのだと思うと、吐きそうだった。

 口の中に、ぐちゃぐちゃに丸まったハンカチを詰め込まれる。苦しさのあまりに抵抗を弱めると、何を勘違いしたのか、おっさんはふぅふぅ息をつきながら、「いい子だねえ」と笑って、私の頭を撫でた。

 その瞬間、理解した。おいちゃんはやっぱり、私のことを欲望の対象にしていないって。

 おいちゃんはいつだって、「いい子」と私の頭を撫でてくれる。くすぐったくて「子供扱いしないで」って唇を尖らせても、やめてはくれない。実際私も、やめてもらいたいわけじゃない。

 もしもおいちゃんが、私のことをそういう目で見ているんだったら、頭を撫でる行為にも、欲望が見え隠れするに違いない。

 負けてたまるか。

 おいちゃんの優しい手を思い出して、私は抵抗を再開する。手足をでたらめに振り回して、油断していた男の顎にぶち当たる。

 ふらっとした男だけど、その分怒りを買った。目をつり上げて、私の制服を脱がせようとする。

「んーっ!」

 もうダメなの?

 ぎゅっと目をつぶった瞬間、ドゴン、というものすごい音がした。ドラマの爆破シーンみたいな音だった。

 恐る恐る目を開けると、男は遊具の外に引きずり出されていた。でっぷりした腹の上には、男の人の足。ぐりぐりと確実にダメージを与えている。

「莉々!」

 呆然とする私の名前を呼んだのは、おいちゃんだった。息を切らして、必死の形相だった。制服は乱れてはいるものの、脱がされていないのを確認して、ようやく肩の力を抜く。

「おいちゃん……」

 助かったんだ。実感が湧いてきて、私はおいちゃんに抱きついて、わぁわぁ泣いた。強く優しく抱き締めてくれる腕は、男の人じゃなくて、やっぱりおいちゃんだった。

「おい。こいつ殺していいか?」

 そしておいちゃんと一緒に助けてくれたのは、案の定というか、岩田だった。ヤクザ顔で殺すとか言うから、本気っぽい。いや、本気の本気なのかも。

「ダメだよ。岩田が捕まっちゃうだろ」

 慌てて岩田を制止するおいちゃんは、いつものおいちゃんで、私はようやく素直に、「ごめんなさい」と言えたのだった。

 おいちゃんが呼んだ警察の人に、何が起きたのかを話して、帰ったのはもうずいぶん遅い時間だった。

 夕飯を食べた後で、私とおいちゃんは話をした。岩田は帰ればいいのに、なぜかリビングでスマホを弄って、聞くとはなしに聞いている。

「クラスの子が、おいちゃんのこと、光源氏だって」

 二十代の男の人が、十代の女の子を引き取るなんておかしいと、藍沢さんは言った。

 そのせいで、おいちゃんを変に意識して避けていたこと。おいちゃんがずっと家にいて、何をしているのかわからないのが、ちょっと怖くなったこと。新品の白い下着を渡されたことが、妄想に拍車をかけてパニックになってしまったこと。

 笑われるかと思ったけれど、おいちゃんは真面目に答えてくれた。

「俺は莉々のことを、大切な姪、いや、娘だと思っている。それ以上でもそれ以下でもないよ」

 それから、職業については恥ずかしがりながらも、教えてくれた。

 なんと、図書館で読んだ漫画を描いているのは、おいちゃんだった! そして岩田はヤクザじゃなくて、担当の編集者。

「少女漫画……?」

 ヤンキー漫画ならわかるけれど、この怖い顔で、少女たちに夢とときめきを与える少女漫画編集者……?

 思わず岩田を見てしまったら、「あ?」と、不機嫌丸出しの顔で睨まれて、慌てて顔を伏せた。

 下着については、通販で買ったそうだ。さすがにひとりで店に行くのははばかられるし、一緒に行こうと言ったら、私に嫌われるかもしれないと思ったんだって。

 そんなことじゃ嫌いにならないよ。白だけじゃダサくて嫌だと言ったら、次の休みの日に買いにいくことになった。ブラジャーはサイズを測らないとダメらしく、白くないブラジャーを買って、ひとつ大人になるんだな、と思った。

「おいちゃん、彼女はいないの?」

 ちゃんと年齢の釣り合う彼女がいれば、私の妄想は全部砕け散る。軽い気持ちで聞いたのだけれど、なぜかおいちゃんは慌てた。そして岩田は爆笑しながらおいちゃんの隣にやってきて、肩を抱いた。

「嬢ちゃん。心配すんな。こいつはロリコンじゃねぇ。なんてったって、俺のもんだからな」

 そう宣言すると、唖然としたおいちゃんの唇に、岩田が噛みついた。漫画でも映画でもなく、初めて見るナマのキスに、「きゃー!」と思わず叫んで、自分の部屋に逃げ込んでしまった。

 だって、あんなに長い時間キスするなんて思わなかったんだもの。

 翌日からも、私とおいちゃんはちょっとだけぎくしゃくした。言いにくそうに、おいちゃんは「岩田が俺の恋人なんだ」と、改めて告白した。 

 それなら私の身は安全なわけだけど……。

 今度は二人のキスシーンの続きが気になって、妄想しちゃう私は、もしかしてちょっぴり変態なのかもしれない。

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