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<14話
高校時代から、夏織はどうやったら男の気を引くことができるか、本能的に理解していた。
女子の友人たちの口癖は「彼氏ほしい」だった。そう言う口は、グロスで盛りすぎていて、可愛いというよりもむしろ、グロテスクなものになっている。男子は惹かれるよりもむしろ、引くだろう。
茶髪にするのもつけまつげやマスカラで睫毛を束にしてふさふさにするのもパーマをかけるのも化粧をするのも、夏織からすれば、自己満足でしかなく、男を捕まえるには逆効果としか思えなかった。
男は結局、天然に見せかけた美人が好きだし、中身を伴っていると思える女を恋人にして、大切に扱う。
彼氏ができても長続きしない、そもそも出会いがないと愚痴を言う彼女たちに、夏織は具体的なアドバイスをしなかった。
その理由は二つ。ひとつは、ただ彼女たちは話を聞いてもらいたいだけで、解決策、もっと言うならお説教なんてまっぴらだということを、知っているから。
もう一つは、もっと単純。
夏織自身にも、どうすればいいのかなんて、実のところわかっていないのだ。
もっとも、知っていたところで「言わない」という結果には変わりなかっただろう。
だって、みんなが同じことをし始めたら、夏織の違いが際立たないではないか。
勉強も普通。運動も普通。特にとりえのない夏織は、唯一、男にモテるという点だけが、友人たちに一目置かれるポイントであった。
大学に入学しても、それは変わらなかった。
そこで出会った明美は、恋愛なんか興味ありません、というタイプだった。化粧っ気がない、悪くいえば努力をしないブスだ。
その隣にしずしずと立っていれば、人並みレベルの夏織の美人度は、華美な化粧などせずとも、おのずと上がった。
合コンに連れていっても、鈍感な明美は何も気づいていない顔で、飲み食いするばかりだった。
そんな明美は、夏織の唯一の友であった。夏織の周りからは、気づけば同性の友人が去っていくのである。
そんな風に過ごしていた中で、大学時代の四年間、付かず離れず、別れてはよりを戻していた男がいた。
『やっぱり俺には、夏織が一番だよ』
夏織の元に戻ってくる度に、男はそう口説いて、抱き締めた。その後はお決まりのように仲直りセックスにもつれ込む。
だから夏織は今でも、彼のつけていたコロンの匂いを街中で嗅ぐと、パブロフの犬のように、自分の身体が熱く、発情するのを感じるのだった。
長谷川彰は、顔と身体しかとりえのない、クズだった。何度も泣かされ、明美はその度に、「今度こそ完全に別れろ」と説教した。
それでも夏織は、彰と完全に切れることはなかった。ただただ、顔と身体が好みだった。ストライクゾーンのど真ん中だった。
あの顔で微笑まれ、抱き締められてしまうと、どんな不平も不満も、夏織の頭の中からはきれいさっぱり、消え去ってしまうのだった。
夏織がアルバイトで稼いだ金のほとんどは、彼のパチンコ代へと消えた。デートもアパートでセックスするだけがすべてだった。
誕生日やクリスマスのプレゼントもなかった。たまにパチンコで勝って、機嫌よく土産だと菓子を放り投げてくる。彰からもらったもので思い出せるのは、それだけだ。
酒を飲むと目が据わり、乱暴な言動が多くなるが、当たり散らすのは壁やクッションなどで、夏織に暴力を奮ったことは一度もない。
明美は、いつ夏織にその衝動が向けられるかわからないと忠告してきたけれど、夏織には絶対的な自信があった。
彼を本当に愛し、受け入れられるのは自分だけ。他の浮気相手の女とは違う。彰は私の元に、必ず戻ってくる。
許し、甘やかし、耐えるのが夏織が彰に捧げた愛だった。
>16話
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