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控えめなノックの音がしたのは、至がある程度泣き止んでからだった。秘密の話をするわけだから、防音はしっかりしているだろうに、高月の空気を読む能力が高すぎる。
抱き合っていた身体を名残惜しく離してから、部屋の主を呼び入れる。
彼は至と桃治の顔を交互に見て、にこりと笑んだ。
「憑き物が落ちたような顔をしていますね、お二人とも」
その憑き物を落とすのがあんたの役割だと思っていたんだが……とは、桃治は思いはしても言わなかった。なんとなく、怒らせたらいけない人種のような気がする。
「ありがとうございました」
泣き顔をまじまじと見られるのを恥じらったのか、至は頭を下げて、すぐにカウンセリング室を出る。後からついていこうとした桃治は、高月に呼び止められた。
「せっかくお越しいただいたので。お守りですよ」
言って、小さな巾着を寄越す。触って振って確認すると、ビー玉よりも一回り小さい、硬い球状のものが入っている。パワーストーンみたいなものだろうか。開けようとするのを、高月は制止した。
「ああ、お守りの中は見ちゃだめですよ」
そんなものか、と桃治はおとなしく言うことを聞いた。
「でもこういうのってめちゃくちゃ高いんじゃ?」
何せ、本物の霊能力者によるお守りだ。うん十万円くらい請求されそうだ。
突き返すべきか悩む桃治に、
「ただの気休めです。手間賃だけいただければ」
鈴女に聞いていた代金に色をつけた程度だったので、桃治は素直に受け取ることにした。触れていると、なんとなく心が落ち着くような気がしたので。
「桃治さん」
「ああ、今行く」
高月に一礼して、桃治は早足に相談所を出た。
「帰りは俺が運転するから」
ぐずぐずに目が腫れている至の視界は少し狭くなっているだろう。安全のためにも請け負った。一度通った道だし、ナビもある。
(それに)
まっすぐ家に帰りたくないという気持ちがあった。
「桃治さん、道違いませんか?」
ぼんやりと車窓を眺めていた至が、不意に話しかけてきた。
(まあ、ばれるか)
風景は住宅街を超え、繁華街。それも裏通りへ行こうとしている。勤め先のSMバーにもほど近い。
桃治は一度、車を路肩に止めた。ハンドルにもたれ、至に顔を向ける。
「あのさ」
「はいっ」
教師に当てられたときの小学生のようないい返事に、桃治は笑う。
「あんな命令で俺のこと傷つけて、それでおしまい?」
「あ……」
平気なフリをしているが、意に沿わないコマンドが流れ込んできた胸の奥は、まだ微妙に具合が悪い。上書きをしてもらわなければ、うんうん唸って眠れぬ夜を過ごす羽目になりそうだ。
「まぁそれはいいとしても……俺が触りたいし、触られたいから」
「っ」
都合のいい相手から、セックス込みの関係へ。恋人同士になれたら、嬉しい。
「まあ、俺のがだいぶ年上だしさ。嫌だったら嫌って言ってくれてもいい……」
「いや、します。僕が、桃治さんに触ります。抱きます」
食い気味に言われ、お、おう……と、喜ばしいのに微妙な反応になった桃治をよそに、至は近場のラブホテルを調べる。駐車場もある店をピックアップして、スマホの地図に従って車を再び発進させた。
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