甘えたDomの背中には(7)

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(6)

 翌早朝、すっきりとした表情で至は目を覚ました。

「おはよう」

 きっと彼に比べて、自分はどんよりとした目をしているだろうと思う。あまり顔を合わせず、さっさと支度をしようとベッドを下りかけたところで、手首を掴まれて振り返った。

「至?」

「あの、桃治さん……昨日、ありがとうございました」

 真摯な彼の目は、確かに桃治を見つめている。桃治の目の奥に真央を見るのとは違う、澄んだ瞳だ。

 曲がりなりにもプレイを遂行できたことで、自信に繋がったのかもしれない。真央相手じゃなくても、できる。そう思わせることができたのなら、鈴女のお願いは達成だった。

 それ以上の関係になるかどうかは、自分たち次第。

 口説き落とすための言葉を探すのは久方ぶりで、桃治が口を閉ざしている間に、至はふっと思い出し笑いをした。

「何かあったか?」

 尋ねれば、彼は言う。

「桃治さんの昨日の言葉、真央さんに言われているみたいでした」

 と。

 狙い通りにいったはずなのに、桃治が飲み込んだ唾は、苦い。

 駄目だ。これ以上、見知らぬ男のことを考えて、トレースするようなことはしてはいけない。ちょっとした嘘、いたずらで済まされる範疇を超えてしまう。

 頭の中では、警鐘が鳴り響いている。

 けれど桃治は、理性の警告を無視した。

「そうか……なあ、真央さんについて、もっと教えてくれる? そうしたらもっと、はっきり見えるようになるかもしれない」

 きっと、彼の愛した男の真似を徹底すれば、至は自分のことも愛してくれるに違いない。

 自分の言葉じゃなくて、誰かの言葉を吐いて、それでも手に入れたいものがある。

 至は目を瞬かせた。再び彼は、桃治ではなく真央を見つめ始める。

 そう仕向けたのは、自分だ。

 他の誰にも渡したくない。その一心で、桃治は自分が最も忌み嫌う行為に、手を染めようとしていた。

 十年以上前の話だ。

 高校、大学と演劇を続けていた桃治は、卒業後も演技を続けるべく、劇団の門を叩いた。

 社会人サークルの、仕事の片手間レベルではない。小劇場で年二回の定演をこなしつつ、さらに大きな商業演劇の舞台に立つためのオーディションも受けるプロ志望が集まっていた。

 そこそこ人気のある劇団で、定期公演のチケットは、満員御礼。大学サークルでは、あれだけ苦労してノルマを捌いていたというのに、桃治は拍子抜けした。

 人気の理由は、看板役者にあった。顔が小さくて、背の高い二枚目役が似合う男だった。テレビでも人気の俳優が主演を務める舞台の、アンサンブルに選ばれたこともある。

 彼自身は早く素人集団から卒業したがっていたけれど、主宰が必死に引き留めていた。

 まだ商業演劇の世界では、セリフのある役についたことがなかったこともあり、舌打ちしながらも彼は、劇団のエースで居続けた。

 桃治はといえば、せいぜいが二.五枚目。ライバル役といえば格好いいが、当て馬役。いわゆる「いい人どまり」の男が似合うと言われていた。主役を食う演技ができれば美味しい役なのだが、演技力の点でも、一歩及ばなかった。

 看板役者のこれからの活躍を、誰もが疑わなかった。

 しかしある日、急転直下の出来事が起きる。

『詐欺? あいつが?』

 練習には、全員が揃うとは限らない。皆、バイトにも励んでいる。しかし、その日は公演直前の通し稽古の日だった。ヒロインの相手役の男がいなければ、始まらない。

 ストレッチや発声練習などで時間を潰していると、主宰の携帯が鳴った。

 寝坊でもしたのだろう。稽古場の雰囲気は緩んでいた。そこに、「詐欺」の一言が発せられたことは、驚き以外の何物でもなかった。

 まさか、この場で即興劇でもしようと言うのか。

 なんて、冗談を言える空気ではなかった。

 まもなくしてやってきたのは、警察だった。男は、ファンの女性複数人に対して、結婚を匂わせて金銭を引き出していたのだという。

 桃治たち、劇団員は疑われた。すべて知っていて、黙認していたのではないか、と。

 もちろん、寝耳に水だった。出待ちの八割が彼目当てなのは知っていたし、何人かに粉をかけているのも気づいていた。あんまり遊びすぎるなよ、と度々注意されていたが、へらへらと笑っていた。

 あのうちの誰かが、被害に遭った。

 詐欺事件は立件され、男は逮捕された。

 公演チケットを購入した客の半分以上は、彼目当ての女性客だった。

 劇団オリジナルの脚本は観念的で難解で、一般ウケはあまり考えられていない。贔屓の役者が出演していなければ、あまり見ようとは思わないものだ。

 チケットの払い戻しが思った以上に多く、結局、三日間の公演は、中止となった。中途半端に開演するよりは、マシだった。

 負債額は大きく、桃治の懐もダメージを負った。だが、それ以上に、犯罪者を出した劇団への、世間からの風当たりは強かった。

 主宰は、速やかに解散することを決めた。他の劇団に移る仲間もいたが、桃治はそれきり、演劇をやめた。

 役者の演技力は、人を傷つける武器になる。自分もきっと、やろうと思えばやれてしまう。

 いいや、すでに小さいことならば、やらかしている。

 バイトを早退したいと思ったとき、ふらついたフリをして、体調不良を装って帰ることなんて、学生時代から何度やってきたことか。

 誰かを騙し、不幸にする。その危険性に今更気づき、怖じ気づいた。

 女を抱くのに抵抗を抱くようになったのも、このときだった。

 桃治にも、何人かファンの女性がついていた。名前を覚えていたし、出待ちの際に親しく言葉を交わすこともあった。

 彼女たちに、自分はあの男と同じことをしているのではないか。直接の金銭のやりとりはなくとも、桃治の名義でチケットを買わせている。何が違うのか。

 そして役者をやめて、バイト先も一般的なファストフード店から、アウトローなSMバーへと変えた。

 真面目そうな仮面を被って他人を欺くよりも、最初から嘘つきなのだと名乗ってもおかしくない、夜の生活を送る方が、幾分か許されるような気がしたのだ。

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